最新ニュース
<竜馬をめぐる人々>[86]坂本直寛の章:45――もう一つの幕末維新史 記・守部喜雅
明治44年、直寛は札幌にある北辰教会(現在の北一条教会)での奉仕を終わった後、朝鮮に渡り、龍山方面の伝道に赴きました。帰国後は浦臼の聖園教会から招きを受け、特別伝道集会で説教。3月12日には、聖園教会で大人10人、子ど...
教会ルポ<ここも神の御国なれば>[35]単立ペンテコステ・ブンキョーゴスペルセンター――「カフェと英語」が伝道の基本
★三国でカフェ伝道開始 ブンキョーゴスペルセンターの伝道の基本は「カフェと英語」だ。 小野山千華伝道師は「お茶とお菓子、ケーキ、食べ物があると心がなごみ、話もはずむ。カフェは未信者と関わるには非常に効果的です」と語る...
<特集/本多庸一と「弘前バンド」>未来にスピリットをつなぐ――本多が関わった弘前のキリスト教学校
弘前市には本多庸一が創設に関わったキリスト教学校、東奥義塾高等学校(中山廣男理事長、八嶋成一塾長)、弘前学院(阿保邦宏理事長・学院長)の聖愛中学高等学校(山上猛美校長)と弘前学院大学(吉岡利忠学長)があり、現在まで続く...
<特集/本多庸一と「弘前バンド」>公に仕え 枠を超え続けた本多に学ぶ――日基教団・弘前教会
弘前城の東に2つの瀟洒な塔が見える。東北初のプロテスタント教会、日本基督教団弘前教会だ。1906年、教会員で建築家の桜庭駒五郎が設計したゴシック風建築で、青森県重宝に指定されている。近隣学校から社会科見学などで年間約3...
<特集/本多庸一と「弘前バンド」>近代化に貢献――弘前バンド
過酷な留学 東奥義塾生は「弘前バンド」を中心に英語力が高く、巡幸に来た明治天皇一行を驚かすほどだった。1876年には5人の義塾生がイングの母校、米国アズベリー大学に留学した。 しかし当時の留学は過酷だった。菊池九郎の...
<特集/本多庸一と「弘前バンド」>津軽を愛した武士クリスチャン 本多庸一――青森リンゴはキリスト教由来?
青森リンゴの普及にはクリスチャンが大きく関わっていた。 1875年、青森県弘前市の名門学校東奥義塾の英語教師で宣教師のジョン・イングは自宅で学生らとクリスマス会を開いた。クリスマスツリーにはイング夫人から各学生への手...
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