<落ち穂>村上春樹文学と近代合理主義の限界

 「あの子には悪霊がとりついていた」。エリは密やかな声で打ち明けるように言った。「そいつはつかず離れずユズの背後にいて、その首筋に冷たい息を吐きながら、じわじ…

<落ち穂>「こころの友伝道」とは何か?

 戦後まもなく来日したアメリカの神学者ヘンドリック・クレーマーの言葉が波紋を呼んだ。伝道が進まない原因として「信徒が凍結財産になっている」と指摘したのだ。伝道…

<落ち穂>死について無知な子どもたち

 「どうやって死んだらいいと思う?」「私、自殺するのは怖いから、誰かに殺されたらいいと思う」。図書館の片隅でひそひそと話していた二人の女子高生。それをそばで聞…

<落ち穂>教会は理想ではなく現実

 今、沖縄の教会を巡回している。教会によって、昨年訪れた時より礼拝出席者が減っている場合もある。若者の流出もあるが、いくつかの教会では、熱心な教会員に連れられ…

<落ち穂>「命どう宝」と文化貢献

 「日本も沖縄に対する差別と偏見があった。それは、薩摩による武力侵攻と支配に始まり、明治政府による琉球処分を経て、沖縄戦では本土決戦の捨て石とされた。さらに敗…

<落ち穂>沖縄と日本国憲法

 4月いっぱい、沖縄・普天間基地の近くのアパートで生活している。辺野古地区への基地移設問題で、政府要人が次々と沖縄を訪問している。そのニュースを現地で聞いてい…

<落ち穂>「平和の祈り」が現代に問うこと

 カトリックの新しい教皇は、自分の名前を選ぶ時に、アッシジの聖フランシスコをとった。12世紀、放蕩の果てに回心し清貧を選んで生きた歴史上の人物である。新教皇自…

<落ち穂>信仰者としての新島八重

 なぜ、八重は自らの葬儀の追悼説教を山室軍平に依頼したのか。確かに山室は、若き日に新島襄に憧れ、同志社の門をたたいた。襄に面会し、その記録も残している。だが、…