映画「家族の肖像」--1970年代の耽美な貴族的階級社会の退廃と凋落の肖像
イタリア映画の名匠で完全主義者と称されたルキノ・ヴィスコンティ監督晩年の代表作「家族の肖像」が、生誕110年・没後40年メモリアル作品として2Kデジタル完全修復版で蘇えった。ローマで美術史を講じる教授の絢爛な美術絵画の館を舞台に、貴族階級の人たちとの世代間の価値観の違いと孤独感をテーマにした傑作。2つの大戦を経て西欧貴族的な階級社会の凋落と多様な民主主義・大衆社会へと変遷する1970年前半。老教授とインテリジェンスを内に秘めた共産主義志向の青年との心情の機微が耽美な肖像画のように描かれていく。
【あらすじ】
ローマの高級住宅街の館に住む美術史の老教授(バート・ランカスター)は、18世紀ごろのカンバセーション・ピース(家族団らん画)の蒐集家としても知られている。この日もパリの有名画廊が作品を売りに来ていたが、教授は館の改修などで物入りのため作品は気に入っていたが購入を辞退した。画商は退室したが、同伴と思っていた婦人は勝手に部屋を見回し、唐突に空いている2階の部屋(フロアー)を間借りしたいと切り出した。彼女はビアンカ・ブルモンティ伯爵夫人(シルヴァーナ・マンガーノ)と名乗り、かなり横柄な態度で2階のフロアーを見たいと押しも強い。そこにビアンカの娘リエッタ(クラウディア・マルサーニ)と婚約者ステファーノ(スティファーノ・パトリッツィ)、ビアンカの愛人コンラッド・ヒューベル(ヘルムート・バーガー)たちもやって来て2階を下見する。だが教授は、2階を案内するが独り暮らしの静寂が乱されるので部屋は貸さないと断る。
翌日、弁護士のミケーリ(ロモーロ・ヴァッリ)が教授を訪ねてきた。ビアンカが、昨日の絵画を買い取ったので教授に贈りたいという。そのうえで、2階の部屋を1年間契約で借りたい、浴室の改修はビアンカ側の費用で行ない賃料は3ヶ月分前払いするという申し出だ。教授は、ミケーリの積極的な勧めもあって取りあえず仮契約は了承した。
数日後、2階の部屋で大きな音がして、やがてキッチンの天井の漆喰が剥がれ落ち家政婦が慌てふためいているところに教授が帰宅した。キッチンの天井だけでなく、書斎の壁にも2階からの水漏れが伝わりコレクションの額を濡らしている。教授が2階に上がると住もうとしているのはコンラッドで、壁をぶち抜き勝手に改築しようとしている。しかも教授には、ビアンカが俺のために買った部屋だから自分のものだと言い張り、話がかみ合わない。教授の主張を聞きビアンカと電話で話したコンラッドは、仮契約であることを理解し迷惑をかけてしまったことを詫びた。
教授のコレクションの一枚に目を停め自分のコメントを語るコンラッドに、教授は粗暴な行動をとった彼が確かな審美眼と教養を内に秘めていることに驚かされる。聞けば68年ごろ学生運動にのめり込むまでは大学で美術史を学んでいたという。また、教授がニューヨークから取り寄せたレナード・バーンスタイン指揮のアリア集のレコードを見つけるとモーツァルトの アリア「私はあなたに明かしたい、おお、神よ!」(K.418)を掛けて一番好きなアリアだが自分はカール・ベームの指揮が好みだと語るコンラッド。高い教養を持ちながらも共産主義やバクチ、麻薬売買などにもかかわり危うさとブルジョワジーへの不信感をあらわにするコンラッドに、教授は次第に関心を抱いていく。
突然現れては勝手に振舞い、教授を悩ませるビアンカ。実験生活と称して2階でステファノとコンラッドと同居しようとする娘のリエッタ。カンバセーション・ピースに囲まれ好きな読書と音楽を愉しむ教授の独り暮らしは大いに乱される。そんなある夜、コンラッドが一人で寝ているとき2人組の男たちが侵入し彼の顔を殴打して逃げ去った。警察には知らせないでほしい、顔の怪我もビアンカたちに見られたくないと懇願するコンラッドを、教授は書斎の壁の奥にある隠し部屋に匿う…。
【みどころ・エピソード】
メイドに身の回りや食事の世話をしてもらい、美術史を講じては、幸せそうなカンバセーション・ピースに囲まれて独り暮らしを謳歌する老教授だが、彼自身もかつては科学の研究者を目指したが科学の進歩が破壊をもたらす危険に驚愕し美術へと転じたことをコンラッドに語る。老教授は、科学がもたらす現実から目を背け、美術史を眺める一方でバーンスタインの革新的なクラシックを愛している。コンラッドもまた美術とカール・ベームの保守伝統的な音楽芸術への造詣を持ちながらも階級闘争を志向しつつ貴族夫人の愛人としての自己存在を自嘲する生き方をしている。この老人と若者のコントラストが現実逃避している人間の複雑な彩模様をみごとなまでに織り込んでいく。
女優陣の美しさ、とりわけ伯爵夫人ビアンカを演じるシルバーナ・マンガーノの衣装は、まさにラグジュアリーな美しさと70年代のセンスを魅せている。登場するシーンは短いが、老教授が回想するシーンに母親役でドミニク・サンダ、別れた妻役でクラウディア・カルディナーレが出演している。ただ美しさの添え物的な出演ではなく、自ら孤高の一人暮らしに浸ろうとする老教授が心のしこりになっている深層を描く心にくさ。ストーリー展開、時代背景と人格性の読みとらせ方にも、審美性を蘇えせた2Kデジタル修復による映画美と共に家族があることの豊かさと心強さを語りかけてくる傑作であることをあらためて認識させられた。 【遠山清一】
監督:ルキノ・ヴィスコンティ 1974年/イタリア・フランス合作/英語/121分/原題:Gruppo di famiglia in un interno 英題:Conversation Piece 配給:ザジフィルムズ 2017年2月11日(土)より岩波ホールにてロードショーほか全国順次公開。(日本初公開:1978年11月25日)
公式サイト http://www.zaziefilms.com/kazokunoshozo/
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*AWARD*
1975年:ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞作品賞・外国男優賞受賞。1978年:第21回ブルーリボン賞外国作品賞受賞。第52回キネマ旬報外国語映画ベスト・テン1位・外国映画監督賞受賞。1979年:第2回日本アカデミー賞外国作品賞ほか多数。