映画「フォックスキャッチャー」――空虚な心の現実を表出させる重厚な演出
2020年東京オリンピック中核競技から外れ、一時は実施が危ぶまれたレスリングだが最後の一枠に選ばれて復活競技になったことが一昨年話題になった。古代ローマ時代には競技化され、近代オリンピックの幕開けからの伝統競技だが、このマイナーな競技を国威発揚への栄誉ある競技に発展させることを目指した米国大財閥の御曹司とレスリングで金メンダルを獲得した兄弟との3人の心理的葛藤。史実の殺害事件を丹念に描き、人間の空虚な心の現実を表出させる重厚な演出展開がみごとな作品だ。
デイブ(マーク・ラファロ)と弟のマーク・シュルツ(チャニング・テイタム)は、ともにロサンゼルス・オリンピック(1984年)、レスリングでの金メダリスト。デイブは、レスリングのトレーニングジムのコーチに就き、妻子と平穏な生活を営んでいる。だが、マークはトレーニングのために定職には就かず、アパートでカップヌードルの食事をする独身生活。たまにはいる講演の仕事も、入場者が少ないこともあって講師料は20ドル程度。
そんなマークに、ジョン・E・デュポン(スティーブ・カレル)の代理を名乗る男性からレスリングコーチへの誘いの電話が来た。米国の大財閥デュポンの御曹司の名前を告げられても、マークには誰のことか全く分からない。半信半疑で言われるまま用意された飛行機でペンシルバニア州のデュポン邸へ向かったマーク。
黒色火薬の製法で成功し、化学開発製品で大財閥を築いた家系の御曹司に生まれたジョン・デュポンは、愛国主義者として自負している。デュポンは金メダリストにふさわしい社会的栄誉を与えられていないマークに理解を示し、自らが広大な敷地内の設立したレスリングジム’フォックスキャッチャー’のコーチに就いて米国代表チームに成長させるようにと勧誘する。瀟洒なロッジを専用住宅に与えられ、報酬は年5万ドル。ジムは、レスリングキャンパス3面の広いスペースに最新の設備が設置されている。マークは、さっそくチームを編成し、トレーニングに取り掛かった。
最強の米国チームの育成をめざすデュポンは、マークに兄デイブもコーチに勧誘するよう命じる。だが、デイブは慎ましくとも妻子3人の生活を変えたくないと固辞する。早くに両親を亡くし、親代わりのように弟を育ててきたデイブは、マークが独り立ちする機会として励まして送り出す。
デュポンは、好条件を固辞するデイブの考えが理解できず勧誘を継続させる。一方で、マークにドラッグや酒をすすめたため、マークの生活は次第に乱れていった。そんな時期に、デュポンの勧誘を受け入れてデイブが家族とともにやってきた。デイブは、ドラッグで荒れているマークの生活を見て心配する。そして、デュポンと主従関係のように黙従するマークや選手たちと異なり、コーチとして冷静にデュポンとの距離を持ちながらチームを作っていく。奇行が目立つようになるデュポン、アニデイブの参入で心中穏やかでなくなるマーク、レスリングチームのコーチとして冷静に対応するデイブは、デュポンにとって稀有な存在に映ったのだろうか。3人の微妙な心の変化は、悲劇への出来事へと歩み始める。
1996年1月26日、デュポンがデイブ・シュルツを射殺した実際の事件をシリアスに映画化した作品。ミラー監督は、この実際に起きた事件をいたずらにミステリー仕立てにはしていない。むしろ、BGMやエンターテイメント性を不必要に高めるようなエピソードを排除し、観客を事件の推移の流れに引き込むように坦々と描いていく。
アカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞ノミネートにされているほど、実際の人物に似せた特殊メイクと演じるアーティストたちの演技は驚愕に値する。だからと言って、再現ドラマではない。浮世離れしたハイソサエティに育ち自分の手で何かを成し遂げた実感を持たないデュポンのキャラクターを、スティーブ・カレルは緻密に読み解き描き出していく。デュポンに翻弄され、なにかに追い込まれていくようなマークの心理的葛藤。さらには富と権力の極みに立つ者の心の貧しさや栄光の台座が崩れゆく物語をも想起させられる。軽快なテンポとは言えないが、重厚な心理ドラマの深みを堪能させてくれる。 【遠山清一】
監督:ベネット・ミラー 2014年/アメリカ/135分/映倫:PG12/原題:Foxcatcher 配給:ロングライド 2015年2月14日(土)より新宿ピカデリーほか全国公開。
公式サイト http://foxcatcher-movie.jp
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