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非武装デモの市民への無差別銃撃から身を守るリューダ ©Produced by Production Center of Andrei Konchalovsky and Andrei Konchalovsky Foundation for support of cinema, scenic and visual arts commissioned by VGTRK, 2020

旧ソビエト連邦をニキータ・フルシチョフが指導していた1962年6月。ロシア南部ロストフ州の工業都市ノボチェルカッスクで起きた非武装労働者のストライキを、軍隊が無差別銃撃で鎮圧した事件を、ある女性市政委員一家の物語を通して描いている。主人公の女性市政委員は、スターリン信奉者だったが、市民が殺戮されていく現実を目撃し、行方不明になった娘を捜す中で厳しい真実を見せつけられる…。

本作の脚本を共同執筆したアンドレイ・コンチャロフスキー監督は、1960年代を丹念に再現することで「(第2次世界大戦を粘り強く勝利した)ソ連の人々の純粋さを讃え、共産主義の理想と現実の狭間に生じた不協和音を注意深く見つめる映画があってもいいと思った」とコメントしている。

1962年6月1日から3日間の
ノボチェルカッスク事件描く

物語は、ストライキが起きた6月1日金曜日の朝から語られる。共産党市政委員会生産部門課長を務めるリューダ(ユリア・ビソツカヤ)は、実父(セルゲイ・アーリッシュ)とハイティーンの娘スヴェッカ(ユリア・ビソツカヤ)の三人で暮らすシングルマザー。その日の朝は不倫相手の上司ロギノフ(ウラジスラフ・コマロフ)とともに目を覚ますと、石鹼や食肉が在庫切れにならないうちにとマーケットへ買い出しに行く。すでに買い物客の行列ができていたが、共産党の役職特権で女性店長から希望どおりの品物を手に入れて帰宅する。

市政委員会での会議中、町に緊急事態を報知する電気機関車工場の汽笛がなった。まもなく会議が行われている当局の建物前に数千人の労働者、市民がデモ行進してくる。前日、食肉や乳製品が高騰するうえに労働賃金の大幅カットが通達され労働者も市民も抗議デモに参加してきた。驚いた上司がすぐにKGB(国家保安委員会)と党本部に連絡すると幹部らがやってきた。KGB地方本部ではKGBの現場指揮官ヴィクトル(アンドレイ・グセフ)がストライキとデモの首謀者摘発に動いていていた。

モスクワから副首相ら高官が到着し緊急対策会議が開かれた。議場でリューダは、「全員逮捕すべきです。扇動した者には厳罰を」と強硬手段の実施を提案する。政府の高官は、リューダに発言した提案を文書で提出するよう支持し、市民への発砲は憲法違反と諫める軍司令官に対して銃器の携帯を命令した。夜遅く、娘のスヴェッカが帰宅すると、明日は工場のデモに参加するという。反対して止めるリューダに、「意見を自由に言う権利はある。軍は市民を撃たない、撃っても空砲だ」と、挙句にはスターリンを批判し、リューダが手を挙げたため家を出て行った。

生活品の品不足、物価高騰のなか大幅な賃金カットに耐えられず非武装デモ行進する市民たち ©Produced by Production Center of Andrei Konchalovsky and Andrei Konchalovsky Foundation for support of cinema, scenic and visual arts commissioned by VGTRK, 2020

翌6月2日。およそ5千人がレーニンの肖像を掲げて当局の建物に押し寄せてきた。市の党役員たちは、市警の誘導で当局建物から脱出した。すると、銃声が聞こえ軽機関銃などの無差別な一斉射撃が始まる。リューダは、逃げまどい、市民が撃たれて倒れるなかを、銃弾に倒れた遺体が運ばれていく安置所にと、危険を犯しても一人の母親として娘スヴェッカを捜し歩くが見つからない。夜、KGBがデモ現場にいたリューダを事情聴取するため、自宅にやってきて本部へ連行していく。

6月3日。惨劇から一夜明けた朝、スヴェッカは帰ってこなかった。街のなかは遺体片づけられ何事もなかったかのように時が流れる。だがリューダには、非武装の市民が銃弾に倒れ、KGBに事情聴取された夜、軍の兵士に市民が扇動者として銃殺されている光景が意識から離れず、自分が拠り所としていたものに疑念を抱き始めていた。そんな折、なぜか自分を聴取したヴィクトルが、犠牲になった遺体で市外に移されたものがあることを教えられた。せめて遺体の場所でもと思いリューダは、市外に捜しに行く決心をする…。

軍とKGBの確執、殺戮での鎮静化
抑圧から揺り動かされる魂の叫び

このノボチェルカッスク事件はその後、政府のかん口令と資料などの紛失・廃棄などで、ソ連が崩壊するまで公表されなかった。だが、市民の記憶と伝承で忘却されることはない。

無神論者だったフルシチョフ書記長は、「宗教はアヘンだ」の姿勢を実践した指導者。ノボチェルカッスクはロシア革命後の内戦で、ウクライナ人民共和国との統合を志向したドン・コサックの強固な拠点としてレーニンの赤軍に対峙した地域。その民族的な歴史をリューダの実父はスヴェッカが家出した後に白軍の軍服を着こみ、正教会信徒として「カザンの聖母像」を屋根裏から持ち出してきてテーブルに立てかける。リューダも娘の安否が分からず、現実に起きた惨状に心が揺らぐ。自分の提案が引き金になったともいえることに心は責められ、思わず泣き崩れて神に祈り許しを請う。どうしようもなく非力な個人だが、人間の心のうずきを思い起こさせられるシークエンスに動かされる。

旧ソ連共産党時代のような独裁政権の現ロシアが、同胞と呼んでいた隣国に侵攻し市民をジェノサイドともいえる情況に陥れている現在、観て知ってほしい映画である。 【遠山清一】

監督:アンドレイ・コンチャロフスキー 2020年/120分/ロシア/ロシア語/モノクロ/原題:Dorogie Tovarischi! 、英題:Dear Comrades! 2022年4月8日[金]よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー。
公式Webサイト https://shinai-doshi.com
公式Twitter https://twitter.com/shinai_doshi
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*AWARD*
2020年:第77回ベネチア国際映画祭審査員特別賞受賞。第33回東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門出品作。 2021年:第93回アカデミー賞国際長編映画賞ロシア代表作。