映画「ボーダレス ぼくの船の国境線」--人間は境界線を越えて理解し合える存在
1980年から停戦まで8年間戦い合ったイラン・イラク戦争。だが、2年後にはイラクがクウェートに侵攻しアメリカを中心とした多国籍軍との湾岸戦争が勃発した。イラクは古代メソポタミア文明を興したアラビア語圏の国、イランはペルシャ帝国を興しシルクロードの通商路として一時は仏教国でもあったペルシャ語圏。どちらの国も聖書の世界とのつながりも深い。現代ではどちらもイスラム国だが、両国間での戦争が絶えない。だが、この作品の脚本も書いたアミルホセイン・アスガリ監督は、たとえ言語が通じなくて、理解できない異文化の人同士でも心が通じ合う世界が存在することを期待と信念をもって語っている。
イランとイラクの国境を流れる川に、爆撃で沈みかけた廃船が一艘イラク側の岸に横たわっている。川岸一帯は立ち入り禁止区域で、見つかれば銃撃される。自転車に乗ってやって来たイランの少年が、川岸の藪をかき分けると自転車を隠し、対岸の廃船まで泳いで渡る。誰もいないのを確かめると、水が溜まっている船底に釣り糸を垂らし、貝を獲る網を下ろす。獲れた魚と貝は天日干しに、貝殻で飾りを作り、泳いで戻って業者に売る。時々聞こえてくる爆撃の音。だが、少年が立て籠もっている廃船は安全な場所だ。
ある日、廃船に誰かが上がってきた。イランの少年がペルシャ語で話しかけると、相手はアラビア語を話すイラクの少年兵だ。互いに言葉が理解できない。すると少年兵は小銃を突き付け勝手にロープで境界線を作り没交渉を決め込む。
廃船の近くが爆撃された。少年兵の姿が見えない。しばらくすると、少年兵が帰ってきた。少年が様子を見に行くと少年兵は赤ん坊を膝に抱えて泣いている。家族が爆撃で死んだようだ。少年兵の格好しているが実は少女であることに気づいていた少年は、魚と貝飾りで貯めたお金で少女の着物とミルクを買ってきた。少し心が打ち解け始める。だが、脱走してきた米兵が、この廃船に上がってきた…。
この物語の時代設定がいつなのかは明示されていない。だが、湾岸戦争後のイラク戦争を想起させられるが、アスガリ監督はイランとイラクの戦争の歴史を語ろうとはしていない。むしろ、言語を理解できないことも、国境も人と人とを隔てる壁にはならないことを語っている。それは、世界のあちらこちらで起きている紛争に平和を訴えることであり、普遍性を持ったメッセージとなっている。戦争で家族を失ったと思われるイランの少年とイラクの少女。そして、家族から引き離されてイラクの戦場に来た米兵。大切なものを失っている彼ら3人は、悲しみの中で心のつながりが生まれ、助け合いつつあった。だが、彼らに訪れたラストシーンは、観る者の心を激しく揺さぶる。 【遠山清一】
監督:アミルホセイン・アスガリ 2014年/イラン/ペルシャ語・アラビア語・英語/102分/映倫:G/シネマスコープ/原題:Bedone Marz 英題:Borderless 配給:フルモテルモ 2015年10月17日(土)より新宿武蔵野館ほか順次全国公開。
公式サイト http://border-less-2015.com
Facebook https://www.facebook.com/borderless2015
AWARD:2015年第19回ソフィア国際映画祭ヤング批評家賞受賞、第7回CMS国際子供映画祭最優秀作品賞受賞、第33回ファジル国際映画祭審査員賞特別グランプリ受賞、エスペランサ国際映画祭最優秀作品賞受賞。2014年第27回東京国際映画祭アジアの未来作品賞受賞作品(上映時タイトル「ゼロ地帯の子どもたち」)。