(c)2015 - GLORIA FILMS - PICTANOVO
出生の地ダンケルクに転居して実母を捜すエリザ (c)2015 – GLORIA FILMS – PICTANOVO

母親の乳房を捜し求めない赤ちゃんはいない。哺乳瓶の乳首や心地よいベビーベッドでは補えない母性愛の温もりがあるのだろう。養子としてどれほど愛情を持って育てられていても、自分の生みの親の出自を尋ねたい心情は、捜し当てた結末がどのようなものであろうとも、母親の乳房を捜し求める赤ちゃんのように自然な欲求なのかもしれない。出自を尋ねる旅は勇気を要する。だが、この世に受けた命には、その人に固有の使命と意味がある。受け入れざるを得ないどのような結果であっても、自立への確かな勇気と生かされている命への感謝があふれることを教えてくれる。

【あらすじ】
身体の機能回復をサポートする理学療法士として働いているエルザ(セリーヌ・サレット)。物心ついたころから大切に育ててくれた養父母の了承を得て、また、理解ある夫アレックス(ルイ=ド・ドゥ・ランクザン)をパリに残して息子ノエ(エリエス・アギス)を連れて出生地の港町ダンケルクに転居して来た。目的は、実母の消息を尋ね捜し当てること。だが、実母の調査を専門機関に依頼しているが、匿名で出産した女性の法的守秘義務に阻まれ、ファーストネームさえ開示されない。エリザが生まれた産院は数年前に移転し、とりあげた助産師の行方も分からないため、なかなか実母にたどりつくことができない。

息子ノエが小学校に転校した日、その容姿からアラブ系の子と見下されいじめられているところを給食の世話や清掃の仕事をしているアネット(アンヌ・ブノワ)が庇った。だが、ノエは何かと気遣ってくれるアネットが近寄ると「ブルドック」と悪態をついて馴染もうとしない。ある日、転倒して背中を痛めたアネットがエリザの診療所へ治療にやって来た。ノエのことを褒めるアネット、治療を重ねるうちにエリザとアネットには親密な感情が芽生えていく。

エリザは、二人目の新しい命が宿っていることを夫アレックスに話せないまま、実母を探しにダンケルクの町に転居していた。ノエを授かったときには意識しなかった複雑な感情。生みの母は、どんな思いで自分を預けたのだろうか。父親はどんな人なのだろうか。自分のアイデンティティを確かのものにしたいと苦悩するエリザ。

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アネット(左)はエリザに何かを感じ始める (c)2015 – GLORIA FILMS – PICTANOVO

ある日、アネットはノエは養子なのかとエリザに訪ねる。ノエは自分が産んだ子で、養子は私の方だと答えるエリザ。なにか心が乱れるのを覚えたアネットは、自分が30年前に産んで放棄した子、エリッザベトと名付けた子がエリザではないかと思い始める。アネットは、専門機関へ自分を捜している女性の名前を確かめに行く…。

【みどころ・エピソード】
匿名出産の法的守秘義務に阻まれて、なかなか実母の身元を探り出せないエリザ。エリザとアネットの容姿はあまり似てはいないが、アネットが小学校でノエの容姿や振る舞いに親しみを感じさせられている様子や、エリザの理学療法の治療をとおして互いに何かを感じあっていくプロセスが繊細に描かれていて引き込まれる。とりわけ、胎児のように膝を抱え込むアネットを、エリザが両腕で包み込みアネットの身体ほぐすシーンは心ならずも娘を棄てた母親の哀しみが響き合うかのようで印象的。捨て去り切れない母親の心情、必死に捜し求めるエリザの心の揺らぎ。母子の心の機微が、北の港町の風情と哀愁味を持った音楽とともに明日を感じさせてくれる。

本作は、ウニー・ルコント監督の長編2作目の作品。前作「冬の小鳥」(2009年第62回カンヌ国際映画祭特別招待作品、第22回東京国際映画祭〈アジアの風部門〉最優秀アジア映画賞受賞作品)は、ルコント監督自身9歳の時に韓国の養護施設からフランスへ、養子としてプロテスタントの牧師家庭に引き取られた経験をもとに創作されたもの。本作は、ルコント監督自身の経験をもとに創作される三部作構想の第二部に当たる。血族のつながりがなくとも家族の絆は育み強めていける。本作は、養子に出された娘の実母探しがテーマの作品だが、原題は作家アンドレ・ブルトンが著書「狂気の愛」の最終章で、娘に宛てて書いた手紙の最後の一節“Je vous souhaite d’etre follement aimee”(あなたが狂おしいほどに愛されることを、私は願っている)から付けられている。アネットと結婚し、娘を見守ることができなかった父親の祈り。この祈りの言葉が、ウニー・ルコント監督を支え続けたように、すべての親、すべての子どもたちの心に届いてほしい。 【遠山清一】

監督:ウニー・ルコント 2015年/フランス/フランス語/104分/映倫:G/原題:Je vous souhaite d’etre follement aimee 英題:Looking for her/ 配給:クレストインターナショナル 2016年7月30日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー。
公式サイト http://crest-inter.co.jp/meguriauhi/
Facebook https://www.facebook.com/めぐりあう日-1220801954597142/

*フランス映画祭2016 上映作品*
http://unifrance.jp/festival/2016/films/je-vous-souhaite-d-etre-follement-aimee