MOVIE「ACACIA -アカシア-」――元レスラー取り巻く様々な和解
幼い息子にとって父親は最初に出会うヒーロー。そんな父子の原風景を思い起こさせてくれる。
元覆面プロレスラーの大魔神(アントニオ猪木)は、いまや齢70代。函館郊外の老人たちが住む団地で独り暮らしている。だが、老人たち目当てに物を売り付けに来る商売人や金貸し業者らを追い払う、団地の用心棒的存在でもある。ある日、小学生のタクロウ(林 凌雅)が、原っぱで寄ってたかっていじめられているところを、一喝していじめっ子たちを追い払った大魔神。タクロウには初めて自分を守ってくれたヒーローなのだろう。
翌日、子育てよりも恋に夢中の母親(坂井真紀)が、タクロウの手を引いて大魔神に「子どもを数日預かってほしい」とやってくる。誰に対しても反抗的な態度で心を開くとのなかったタクロウが、初めて大魔神に心を開いていることを感じ取った母親。自分が帰れらなったときは「この子の父親に預けてほしい」と住所のメモを渡すと、タクロウは驚く。物心ついたときから「父親は死んだ」と聞かされてきたからだ。
こうして始まった二人の共同生活。タクロウはある日、大魔神のプロレスラー時代のものが入ったトランクから、子ども用の覆面と自分と同じ年頃の子どもが写っている大魔神の家族写真を見つける。大魔神のかつての妻・芳子(石田えり)が、団地を訪ねて来たことで夫婦の亡くなった子エイジのことを知ったタクロウ。
一方の大魔神は、タクロウの父親(北村一輝)を訪ね、いま自分と暮らしているのが息子であることを告げる。母親とタクロウの事情を知り、引き取りたいという思いが募る父親。再婚した妻と娘たちにその思いを打ち明ける…。
大きな事件や盛り上がるストーリー展開があるわけではないが、一つひとつのシーンが観る者の心の映像とどこか重なり合い印象的な作品だ。原っぱで大魔神からレスリングの技を教わるタクロウ。停泊している貨物船に忍び込み、デッキで航海ごっこをしたり山の頂にあるレンガ造りの廃墟を探検する二人。
大魔神役の初主演アントニオ猪木の表情は、演技を超えて、厳しい闘いを通って来た者が知りえる優しさがにじみ出ている。大魔神がある決断をするシーンで、リングで平服のままファイティングポーズをとる場面が挿入されているが、その時の隙のなさと眼力は記憶に残る一シーン。
アカシアの花が咲き出す頃に亡くなったエイジ。大魔神の心の重荷を知りながら、会えば自分の心の苦しみから大魔神を難詰してしまう芳子。一度も見たことのない父親の存在を知り、言いようのない憤りを父親に向けてしまうタクロウ。それぞれの心のうちに埋めようのない哀しみが流れている。その哀しみを感じ合いながら、どうにか向き合えた時、それぞれの哀しみを受け止め合う和解の旋律が流れてくる。その和解の旋律の温かさが感じられる作品だ。 【遠山清一】
辻仁成監督・脚本作品。配給:ビターズ・エンド。2010年6月12日(土)より角川シネマ新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー。
公式サイト http://acacia-movie.com