映画「ムーンライト」--性的マイノリティを超えて迫る人間の価値観への問いかけ
2月26日に授賞式が行われた第89回アカデミー賞で、初めて作品賞を獲得したLGBT映画(レズ、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーたちを 主人公とした映画)。法的に同性婚を認める国・地域は広がりつつあるが、性的マイノリティに対する実際的な偏見・差別は人権問題として根強い。ひとりの黒人男性が、自分とは何者なのか、自分の生き方と性的な問題に悩み、幼少期から成人へと成長するまで問い続ける心の旅路を描いている。LGBTについての多様な理解と意見が、広く発言されるようになったいま、黒人として生まれ、自らの性的問題に悩みながらアイデンティティを探し求めるシャロンの半生は、LGBTの人たちへの月夜の光を指し示すだけでなく、ストレートな人々へも自分らしく生きるという人間の価値観を美しさと輝きを放ちながら共感を呼び起こそうとしている。
【あらすじ】
シャロンの物語は、ローティーン、ハイティーンそして成人した三つの時代の出来事に集約して語られる。
Ⅰ.リトル(少年時代)
フロリダ南部マイアミの黒人貧困層の街に生まれたシャロン(アレックス・ヒバート)は、麻薬中毒の母親ポーラ(ナオミ・ハリス)から育児放棄状態で、学校でも“リトル”と呼ばれいじめの標的にされどこにも居場所がない。ある日、いじめグループに「ファゴット!」(同性愛者を指す隠語)とやじられ、追いかけられて空きアパートの一室に逃げ込んだシャロン。かなりの時間隠れていた部屋に黒人の麻薬密売人フアン(マハーシャラ・アリ)が入ってきた。フアンは、黙り込んで立ち尽くしているシャロンを自宅に連れていき妻テレサ(ジャネール・モネイ)に食事を用意させる。親切にされても話そうとしなかったシャロンだが、息子のように接してくれるフアンとテレサに心を開いていく。学校では、シャロンを差別せずフランクに話しかけてくれる同級生のケヴィンだけが親友のように心の支えになっていく。シャロンは、麻薬中毒の母ポーラがフアンから麻薬を買っていることを知る…。
Ⅱ.シャロン(ハイティーン時代)
高校生になったシャロン(アシュトン・サンダース)。父親のように愛してくれたフアンはすでに他界したが、テレサはシャロンをいつでも温かく迎えてくれる。だが、高校になってもシャロンへのいじめは変わらない。親友のケヴィン(ジャハール・ジェローム)だけが親しみを込めてシャロンを「ブラック」と呼んでいる。いつしかシャロン自身、ケヴィンに対して親友を超えた感情を抱いていることに気づき始めていた。いつものいじめグループからひどく罵られてショックを受けたシャロンは、一人月夜の浜辺で佇んでいるとケヴィンがやって来て隣りに座る。女の子との付き合いを屈託なく話すケヴィンだが、シャロンは自分の心の内をケヴィンに打ち明け、月明かりの中で二人は互いに心を触れ合えた。だが、その翌日、いじめグループに嵌められたケヴィンは、シャロンを裏切るような行為をけしかけられ事件へと発展する…。
Ⅲ.ブラック(成人したシャロン)
シャロン(トレヴァンテ・ローズ)は、高校での事件以後、マイアミからアトランタに移り住み麻薬ディーラーになっていた。“リトル”と蔑まれ、ひ弱な体つきは見違えるほど鍛えられ、アクセサリーの金歯をつけるほど様相も変わったシャロン。母ポーラは、麻薬からどうにか抜けだしマイアミの養護施設に入居しており、寂しさからシャロンに会いたいとしきりに電話が入る。ポーラに会いに行こうと思っていた前夜、高校での事件以後は会っていないケヴィン(アンドレ・ホーランド)から電話が入った。いまは料理人になってダイナー(気軽に入れるアメリカ料理レストラン)で働いてる。その夜、店にシャロンによく似た客が入ってきて思い出の曲をリクエストしたので会いたくなったという。久しぶりに会った母のポーラは、麻薬に浸り育児放棄していた過去をシャロンに詫び、二人の間に赦しと癒しの感情が通い合う。その夜、シャロンはケヴィンの店に向かう…。
【みどころ・エピソード】
初めて好きになったひとが異性ではなく同性であることに、自分自身とまどいを覚えるシャロン。このたて糸を三つの時代に大胆に集約し、分かりやすくインパクトのある脚色。黒人でゲイというマイノリティーな状況を人間の愛情関係に連なる普遍的な物語として感情移入させていくみごとさに驚かされる。父親のようにシャロンの面倒を見るフアンの存在は、原案を書いたタレル・アルバン・マクレイニー自身がマイアミの黒人貧困街に育ち身近にいて親身に面倒を見てくれた麻薬ディーラーがモデルという。バリー・ジェンキンス監督もマクレイニーと同じ街で育った人で、物語でエピソードのほとんどはリアルな経験から描かれている。
作品のタイトルは、フアンが子ども時代に「月明りのもとというで黒人の男の子は青く光って見えるね」と言われた思い出話から採られているようだが、その情景がうなずけるほどすべてのシーンでの映像が輝くような透明感に溢れていて美しい。ゲイとして生きる選択をするというマイノリティーな心情は、じつは人間として素直に愛情を告白し、生きていく決意と何が異なるのだろうかという問いを“意志をもって生きる”日常を描きながら静かに、ストレートに提示している。 【遠山清一】
監督・脚本:バリー・ジェンキンス 2016年/アメリカ/111分/映倫:R15+/原題:Moonlight 配給:ファントム・フィルム 2017年3月31日(土)よりTOHOシネマズ シャンテほかロードショー。
公式サイト http://moonlight-movie.jp
Facebook https://www.facebook.com/moonlight.movie2017/
*AWARD*
2017年:第89回アカデミー賞作品賞・助演男優賞(マハーシャラ・アリ)・脚色賞受賞。第74回ゴールデングローブ賞ドラマ部門最優秀作品賞受賞ほか多数。