映画「それでも夜は明ける」――奴隷に売られた“自由黒人”が経験した人間の心の悍ましさ
北部と南部の経済・社会・政治的な相違が拡大し南北戦争(1861-65年)へと発展する前夜1841年のアメリカ。ニューヨークに住む自由黒人(主人もしくは法律の保護のもとに奴隷の身分から解放され’自由証明書’を持つアフリカ系黒人およびその子孫)のソロモン・ノースアップは、バイオリニストとして白人社会に受け入れられ、同じ自由黒人で料理人の妻と2人の子どもとの家庭を築いていた。だが、奴隷商人に騙されてニューオーリンズヘ奴隷として売り飛ばされてしまう。それから12年後に解放されるまでのノーサップの自伝(’12 Years a Slave’1853年刊)が映画化されたもので、同じ人間を’しゃべる道具”家畜’として扱う悍(おぞ)ましさに人間の心の奥深くに根付いている’原罪’の哀しさを想わされる。
ソロモン(キウェテル・イジョフォー)は、奴隷船のバイヤーらにも自分が自由黒人であることを主張するが、黒人を売買の動産としか見ようとしない彼らは聞き入れない。ソロモンの名前も’プラット’に変えられて売られる。奴隷市場で農園主のフォード(ベネディクト・カンバーバッチ)に買い取られる。フォードは、バイオリニストだったソロモンの教養を認めて気に入るが、大工のジョン・ティビッツ(ポール・ダノ)には執拗に嫌がらせを受け、吊るし首で殺されそうになる。フォードは、資金繰り難から何かとトラブルに巻き込まれるソロモンを農園主仲間のエドウィン・エップス(マイケル・ファスベンダー)に譲渡する。
エップスは、教養のあるフォードとは異なり、粗野で奴隷たちを暴力で抑圧する。綿摘みの成績では優秀な少女パッツィー(ルピタ・ニョンゴ)にも異常な愛着を示し、バッツィーは死にたいほどの苦しさを抱いているが死にきれない。逃亡する黒人たちは容赦なくリンチで処刑するのが当たり前の地域。ソロモンにとっては、自分が自由黒人であることを忘れずに、法的な権利に訴えて北部に帰ること。だが、信頼した白人に渡した手紙が、エップスに知られてしまう。裏切られたのだ。
南北戦争への起因の一つとも言われるストウ夫人の『アンクル・トムの小屋』は1951年から雑誌に掲載され、52年に単行本として出版されている。この作品の原作となったソロモンの自伝は53年の発刊されている。ソロモンの実話と共に奴隷宣言を勝ち取った歴史的な夜明けをも読み取っているような邦題。
第86回アカデミー賞では、作品賞・助演女優賞・脚色賞の3部門を獲得した作品。
主旋律ともいえるストーリーは、理不尽に奪われた自由を見失うことなく、希望と意志をもって生きていくことの気高さにあるのだろう。だが、奴隷に対して人間としての尊厳を認めようとせず、法的にも労働力としか価値を見いだそうとしなかった粗暴な白人たちが、何かに捉われているような心のもがきをも描いた脚色と演出は、作品賞と脚色賞の受賞を納得させるもの。
エップスを演じたマイケル・ファスベンダーは、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされていたが、惜しくも受賞は逃した。だが、ただ冷酷な人物としてではなく妻との関係やフォードによって語られる社会的な評価を気にかけている様子、また奴隷たちに暴力を振るう時の心の疼きを感じさせる演技などは、人間の心の奥底にある逃れようのない原罪性をもにじみ出ているようで素晴らしい。主演男優賞にノミネートされたキウェテル・イジョフォーとともに印象に残る。 【遠山清一】
監督:スティーブ・マックイーン 2013年/アメリカ=イギリス/134分/映倫:PG12/原題:12 Years a Slave 配給:ギャガ 2014年3月7日(金)よりTOHOシネマズみゆき座ほか全国順次公開。
公式サイト:http://yo-akeru.gaga.ne.jp
Facebook:https://www.facebook.com/gagajapan
2014年第86回アカデミー賞作品賞・助演女優賞(ルピタ・ニョンゴ)・脚色賞(ジョン・リドリー)受賞作品。第71回ゴールデン・グローブ賞作品賞受賞。2013年トロント国際映画祭観客賞受賞、ワシントンDC映画批評家協会賞作品賞・主演男優賞(キウェテル・イジョフォー)・助演女優賞・アンサンブル演技賞・脚色賞・作曲賞受賞作品。