殴りかかってきたカーリド(左端)を事情を察して雇うヴィストロム(前列中央)  (C)SPUTNIC OY, 2017

舞台の場面展開のような映像美と俳優たちのポーカーフェイスで語る少ないセリフ。それでいてユーモアのオブラートに包みこまれた本質を衝く深みのあるメッセージ。前作「ル・アーヴルの靴磨き」(2011年)で“港町三部作”と名付けたシリーズを“難民三部作”と改名して本作を第二作目に位置付けたアキ・カウリスマキ監督は、難民を取り巻く境遇や現実に向き合う人間模様を描きながら、困っている人には親切にするという無償の愛から育まれる“希望”について語りかけている。

【あらすじ】
フィンランドの首都ヘルシンキの港。タンカーの石炭に紛れて内戦のシリア、アレッポから逃れてきたカーリド(シェルワン・ハジ)。駅の公共シャワールームで身体の煤(すす)を洗い落とすと警察へ行き難民申請を申し入れた。

中東・アジアなどからの難民でごった返す入国管理局での面接で、両親・家族は故郷アレッポで繰り返されている空襲で亡くし、生き残った妹ミリアム(ニロズ・ハジ)ともにトルコからギリシャへ渡り、北上してハンガリー国境地域辺りで妹とはぐれて生き別れになった経緯を話す。いま唯一の望んでいることは妹を探し出してフィンランドに呼び寄せていっしょに暮らすこと。妹の捜索願いも申請して結果を待つカーリド。数日後の判決では、難民と認められず本国送還が決定した。その夜のテレビでは、内戦で激しい空襲で住民が大きな被害を受けているニュースが流れていた。翌朝、カーリドは難民センターを脱走した。

ヘルシンキで衣料品卸業を営んでいるヴィストロム(サカリ・クオスマネン)は、経営不振の店をたたみ、愛想が尽きていた酒浸りの妻(カイヤ・パカリネン)とも離別して心機一転、レストラン経営を図っていた。在庫を整理したお金を元手にカジノで大勝ちしたヴィストロムは、さっそく3人の従業員つきレストランを買収し「ゴールデン・パイント」に改名したが客足は徐々に減っていく。

街をさまよい、難民排斥を訴える組織のメンバーに痛めつけられゴールデン・パイントの物陰に隠れていたカーリドは、大柄なヴィストロムに見つかり思わず殴りつけてしまう。だが、ヴィストロムの反撃に一発を受けてノックダウン。しかし、なぜかヴィストロムはカーリドに朝食を与え、店で雇うことにした。身分証明書を偽造してもらい働き始めたカーリドに難民センターで知り合ったマズダック(サイモン・フセイン・アルバズーン)から妹ミリアムがリトアニアの難民センターで見つかったとの一報が届いた…。

(C)SPUTNIC OY, 2017

【見どころ・エピソード】
小津安二郎に敬意を抱くアキ・カウリスマキ監督の構成と演出が、レストランの立て直し策として寿司店開業に打って出失敗するなど日本のオーディアンスにも伝わるユーモアと展開を存分に愉しませてくれる。

本作公開の翌日からアドベントに入る。聖書には、イエスの母マリアが身重のときはナザレからエルサレムへ旅し、イエスが誕生すると間もなく、ヘロデ王の命令による幼児虐殺の嵐から逃れ、両親とともにエジプトへの逃避行が記されている。いわば難民経験を持つイエスと両親は、逃避行で出会った人々の親切に守られてイスラエルに戻れたのだろう。“政治難民”“経済難民”の色分けで迷惑者と決めつける前に、難儀しているひとりの人間として見つめ、いま出来ることをしている温もりが伝わってくる。そして、アキ・カウリスマキ監督は、“難民”を疎んじる現実にも目を向け、多様な人間模様を通して失いたくない“希望のかなた”を観るものの心に問いかけている。【遠山清一】

監督:アキ・カウリスマキ 2017年/フィンランド/フィンランド語・英語・アラビア語/98分/映倫:G/原題:Toivon tuolla puolen、英題:The Other Side of Hope 配給:ユーロスペース 2017年12月2日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開。
公式サイト http://kibou-film.com
Facebook https://www.facebook.com/kibounokanata/

*AWARD*
2017年:第67回ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)受賞。国際批評家連盟賞年間グランプリ受賞。第35回ミュンヘン映画祭「平和のためのドイツ映画賞-ザ・ブリッジ」監督賞受賞。