30年ぶりに現れた継母ベアトリス(右)に戸惑いながらも面倒を見ていくクレール (C)CURIOSA FILMS – VERSUS PRODUCTION – France 3 CINEMA (C)photo Michael Crotto

今年6月に開催されたフランス映画祭2017のオープニング上映を飾り、同映画祭団長を務めたカトリーヌ・ドヌーヴが、カトリーヌ・フロと主演ダブルキャストで演じたフランス映画らしい小粋な人生賛歌。父親と自分を捨てて自由奔放に生きた来た継母が突然現れた。“助産婦”の仕事に誇りを持ち一人息子を女手一つで堅実に育ててきた娘。余命いくばくもないという継母を見捨てることもできず、しばらく面倒を見ているうちに遠くかけ離れていた時間の溝が狭まっていく。“助産婦”という命の誕生にかかわる喜びに生きてきた娘。近づく死を覚悟して、エゴイスティックな自分を義娘にさらけ出し心の拠り所にする継母。語られているテーマは重厚だが、人生の港を訪ね求めて彷徨う心の揺らぎを名女優二人が軽妙な味わいと生きていることの滋味を香り豊かに演じている。

【あらすじ】
病院で“助産婦”として日々新しい命の誕生に携わっているクレール(カトリーヌ・フロ)。長年勤めてきた病院が閉鎖になる日が近くなり、49歳のベテラン助産婦クレールには、近代的な大病院からもオファーが届いている。だが、クレールはその近代化されている医療システムには馴染めそうにないと渋っている。妊婦、医療スタッフとの心のこもった助産に喜びとプライドを持っている。

夜勤が明け自宅に戻ると一人息子のシモン(カンタン・ドルメール)と、30年前に父親と自分を捨てて突然いなくなったベアトリス(カトリーヌ・ドヌーヴ)からの留守録音が入っていた。オリンピックに出場した水泳選手だった父親は、離婚後クレールと愛人関係だった華のある魅力的なベアトリスと共に各地を転戦出場していた。だが、ある日突然、父娘の前から姿を消し音信不通になったベアトリス。「なぜ今頃会いに来たの…」と問うクレールに、「脳腫瘍が見つかった。そう長く生きられない。いままで自由に生きてきたけれど、死ぬ前に一番愛したひとに会いたくなった」というベアトリス。

父親は、ベアトリスが突然去ったショックから新聞記事になるような悲惨な自死を遂げ、ウィキペディアにも記載されている。だがお酒と賭け事が大好きで恋に生きてきたベアトリスは、新聞も読まずクレ―ルの父親の死を知らなかった。クレールの心が閉ざされていることを知りながら、行く当てのないベアトリスはクレールの傍に身を寄せる。

「自由に生きてきたから死ぬことは怖くない」。ただ、身体不随になるのは嫌だというベアトリスの生活は変わらない。お酒と肉料理が好きでお金が無くなればギャンブルで稼ごうとする。そんなエゴイストだが、やりたいことには前向きなベアトリスの生き方は、地道に生きてきたクレールの気持ちにも何らかの変化をもたらしていく。

ベアトリスと暮らしているうちにポールと出会ったクレールに微妙な変化が… (C)CURIOSA FILMS – VERSUS PRODUCTION – France 3 CINEMA (C)photo Michael Crotto

仕事帰りには、川辺の小さな菜園で畑いじりをするのを愉しみにしているクレール。隣の畑に見慣れない男が気さくに声をかけてくる。畑の持ち主の息子ポール(オリヴィエ・グルメ)だと名乗り、外国便トラックの運転手を仕事にしているという。「今の私に恋人が入る隙はない」と言っていたクレールだが、どこかベアトリスに通じる前向きで気安い雰囲気のポールの出現は微妙な揺らぎを感じていく…。

【見どころ・エピソード】
原題は“助産婦”。胎盤と体液にまみれた赤ちゃんの出産シーンが幾度か描かれるが、とてもリアルで命の誕生に触れるクレ―ルの喜びが素晴らしい感動を与えてくれる。一方で、近づく死を自覚しながらも自分の自由を謳歌しようとするベアトリス。まったく価値観のかけ離れた二人の感情が、父親との思い出をとおして徐々に融和していくストーリー展開が何とも心憎い。クレールの父親にそっくりなシモンを見て、ベアトリスが思わず抱擁する嫌味のない艶やかさ。ベアトリスから「年の割に老けすぎている」と言われ続けていた嫌味を意に介さなかったクレールが、ポールと親しくなっていく変化の初々しさ。初対面のベアトリスとポールが意気投合しているところに帰宅したクレールの違う世界にいるような取り残された感覚と戸惑い。その三人がポールのトラックで屈託なくドライブを愉しむ和気あいあいとしたシーン。名優たちが役柄にいのちを吹き込む素晴らしさを堪能させてくれるシークエンスに溢れている。

三人それぞれが別々のときに川辺で沈みかけている小舟を見つめるシーンが印象深い。人生自分の生き方でしか生きられないものなのだろう。そのことをシンプルに生きてきたベアトリス。一度はクレールを見捨てたが、死を目の前にしてクレールを心の港に定めることができるのだろうか。ラストシークエンスで小舟を見つめるベアトリスの面持ちはさまざまな観想を想い起させてくれる。【遠山清一】

監督:マルタン・プロボ 2017年/フランス/117分/映倫:G/原題:Sage-femme 英題:The Midwife 配給:キノフィルムズ 2017年12月9日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国ロードショー。
公式サイト http://www.rouge-letter.com
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*AWARD*
2017年:フランス映画祭2017オープニング作品。