2200Km離れた町へ出稼ぎに行くシャオミン(左)とユンチェン (C)016 Gladys Glover-House on Fire-Chinese Shadows-WIL Productions

ワン・ビン監督は「中国社会では、現代ほど『金』が重要な時代は、これまでにありませんでした。今、誰もが裕福になりたいと願っています。しかし、現実から見れば、それは誰もが空想の中に生きているとしかありません。…」と、本作について言葉を寄せている。日本では中国の企業や観光客らによる日本経済への景気動向など華々しい話題が報じられる一方で、中国社会の格差拡大の実態はあまり知らされない。

アイロンがけの時給は16~18元(1元=約17円)という安い賃金での長時間労働。経済格差の大きい中国の底辺で暮らす人々。かつて1960年代には内閣府の「国民生活に関する世論調査」で国民の8割以上が自らの生活程度を「中流」と回答した日本。誰しも“豊かな生活”を求め、希望を抱くが、その“豊かな生活”感のなかで精神面での何かが失われていく。豊かさを求め、チベットに接する中国西部から上海に近い東部の浙江省の町へ出稼ぎに行く労働者たちの暮らしをとおして、這い上がれるない社会で“苦い銭”を得て生きる人々の心情が浮かび上がってくる。

【あらすじ】
雲南省の東北端・昭通市巧家県の村にあるシャオミン(16歳)の家。およそ2200Km離れた浙江省湖州織里で働いているユンチェン(24歳)が、出稼ぎで村を出るシャオミンと従弟シャオスン(18歳)を迎えに来ていて家族らと談笑している。就職先に年齢を1歳若く“15歳”と申告したシャオミンはとにかく明るくて何事にも屈託なく笑う。バスと鉄道を乗り継ぐ列車の中で、各地から都会へ出稼ぎに向かう乗客らが仕事の苦労話や町の出来事などをお国言葉で語り合う。

ユンチェンに案内されて着いた到着した湖州は、住民の8割を出稼ぎ労働者が占めている町。昔から有名なシルク生地の産地で小規模の縫製工場が多い。いまは日本の100円ショップ商品も多数生産されている。シャオミンが勤める縫製工場も従業員10人足らずで工場の階上が相部屋の住居になっている。ミシン縫製のランランとホウチェンはともに安徽省出身で19歳。朋輩のリンリン(25歳)は、仕事中右手を怪我した夫のアルヅ(32歳)がすぐ近くで雑貨店を営んでいるのに夫婦喧嘩が絶えない。何が気にくわないのか、アルヅはリンリンに家を出て行けと怒鳴り時には暴力も振るう。店先で始まった夫婦喧嘩を工場の先輩ラオイエ(45歳)が仲裁する。親切なラオイエだが、マルチ商法に興味があるようで「一人騙せれば千500元儲かる」とつぶやく一面ものぞかせる。

発送の梱包作業は助け合う (C)016 Gladys Glover-House on Fire-Chinese Shadows-WIL Productions

ラオイエと同室のホアン・レイ(45歳)は毎日酒浸りでギャンブル好き。同郷の社長は、ホアン・レイにまじめに働くように諭しているが、その思い遣りは届いていない。仕事の遅いファン・ビン(29歳)は解雇される。自分でも解雇されるのは仕方がないと思っているが別の工場でもだめならば帰郷するとヤケ気味に言う。シャオミンといっしょに町へ出てきたシャオスンだが、仕事に就いて1週間なのに故郷へ帰ると言い出した。熟練工の半分ほどしか稼げないし、仕事にも街にも馴染めない様子だ。働き始めて楽しそうなシャオミン、近くの工場の男子工たちに声をかけられたが、遊びに行く勇気はなく悩むランランとホウチン、うだつの上がらない日々にヤケ気味な熟練工たち。それぞれの思いをのみ込むように織里の夜が更けていく…。

【見どころ・エピソード】
「三姉妹~雲南の子~」(2012年)などでも印象深く感じさせられたことだが、ワン・ビン監督の作品の特徴として作品の流れが被写体である人物の自然な言葉と立ち居振る舞いに引き付けられ、観る者を記録されている作品の出来事に同調させていく映像と構成が素晴らしい。本作でもワン・ビン監督は「私は彼らの物語を撮るために、カメラのショットや捉える人物をずらしながら、ある被写体から別の被写体へ、焦点を揺らすようにひとつに絞らずに撮影しました」と語っている。語っている人物との自然な距離感と出来事のシークエンスが流れるように連なっていく構成は劇映画のように印象的。ドキュメンタリーでありながらヴェネチア映画祭の脚本賞を獲得していることがうなづける。また、本作では撮影隊が2班組まれ、その一つの撮影スタッフを日本人の前田佳孝氏が務めている。前田氏が撮影現場で接したワン・ビン監督についてのインタビューが掲載されるパンフレットも興味深く待ち遠しい愉しみだ。 【遠山清一】

監督:ワン・ビン 2016年/香港=フランス/中国語/163分/ドキュメンタリー/原題:Ku Qian eidai 英題:Bitter money 配給:ムヴィオラ 2018年2月3日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー。
公式サイト http://www.moviola.jp/nigai-zeni/
Facebook https://www.facebook.com/bittermoney/

*AWARD*
2016年:第73回ヴェネチア映画祭オリゾンティ部門脚本賞、ヒューマンライツ賞受賞作品。第17回東京フィルメックス特別招待作品。