映画「独裁者と小さな孫」--暴力と憎しみへの連鎖を断ち切ることへの希望
2010年12月、チュニジアで失業中の青年が抗議の焼身自殺を図ったことが端緒となり、ベン=アリー政権崩壊へのジャスミン革命となった。この反政府運動は、ヨルダン(リファーイー政権)、エジプト(ムバラク政権)、リビア(カダフィー政権)などアラブ諸国の反政府運動「アラブの春」へと発展した。だが、とりわけ独裁政権の崩壊後は、民主化へのの動きを良しとせず、狂信的なイスラム教原理主義の反動も強く暴力による権力の奪取と維持への新たな闘争を引き起こしてる。イラン人のモフセン・マフマルバフ監督は、こうしたある権力による圧政に暴力で報いることで、また新たな暴力を生む「憎しみへの連鎖を断ち切ることへの希望について語る現代の寓話である」と本作について語っている。
国の名称は語られないが、大統領(ミシャ・ゴミアシュビリ)が支配する独裁政権の国。国民は、大統領とその家族らによる圧政に苦しめられ、貧しい生活を強いられている。大統領は、独裁政権を維持するため反政府主義者とみなされた者たちに、拷問と処刑による無慈悲な恐怖政治を行なってきた。
国民から搾取した重税で王宮のような官邸で贅沢に暮らす大統領の家族。大統領は幼い男の子の孫(ダチ・オルウェラシュビリ)を寵愛している。ある夜、孫を膝の上に抱き、電話一本で町の明かりを消すように命じ、孫に帝王学を語る大統領。だが、この気まぐれな行為が、クーデター勃発への導火線になった。
すぐさま国外へ逃れる大統領の家族。だが、幼い孫は幼なじみのマリアとお気に入りのおもちゃが気になって官邸を離れられず、大統領と残ることになった。クーデターの勢いは民衆を暴徒化し、大統領への報復を大声で叫び、瞬く間に官邸へと迫って来た。
孫を連れてどうにか逃げ延びた大統領は、貧しい床屋を脅して服を奪い、炭鉱夫の家からギターを奪い、孫に女の子の格好をさせ旅芸人に変装する。船で亡命するため、ただひたすら海へ向かう大統領と小さな孫。だが、二人に気づいた浜の村人たちが、追手となって迫って来る…。
大統領に上り詰め非情な独裁者となった老人だが、かつては理想に燃えていた。逃避行で出会う者たちと小さな孫のナイーヴな問わず語りが、そうした心の疼きを呼び覚ます。老人と小さな孫のリアルな演技と、結末での衝撃的な展開は、語る現代の寓話の希望をいつまでも心に語り続けてくれる。 【遠山清一】
監督:モフセン・マフマルバフ 2014年/グルジア=フランス=イギリス=ドイツ/ジョージア(グルジア)語/119分/映倫:G/原題:The President/カラー/ビスタ/デジタル/ 配給:シンカ 2015年12月12日(土)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー。
公式サイト http://dokusaisha.jp
Facebook https://www.facebook.com/pages/独裁者と小さな孫/937679806291030
*Award*
2014年第15回東京フィルメックス特別招待作品。第50回シカゴ国際映画祭最優秀作品賞受賞。ヴェネツィア国際映画祭オープニング作品・オリゾンテ部門出品作品。東京フィルメックス観客賞受賞作品ほか多数。