ヴィオレットもボーヴォワールもおしゃれな二人でした。衣装デザイナーのマドリーヌ・フォンテーヌが手掛けた40年代から60年代にかけてのファッションが見どころな作品です。 (c)TS PRODUCTIONS - 2013
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第2次大戦終結から間のない1949年にシモーヌ・ド・ボーヴォワールが著した『第二の性』は、今日のジェンダーに対する根本的理解への示唆を与えた思想といえるだろう。そのボーヴォワールが節度と見識をもって陰に日向にサポートした女性文学者ヴィオレット・ルデュックの半生を赤裸々に描いている。私小説の文学ジャンルと自らのアイデンティティをとおして性と社会との関係を提示し続けたヴィオレット。その作品の邦訳は少なく、日本ではあまり知られていないかもしれないが、フランスでは“文学界のゴッホ”と評された激情の半生を七つの章に構成し描いている。ヴィオレット役を演じたエマニュエル・ドゥボスの存在感に息をのむ。

第一章 モーリス
1942年、ヴィオレット(エマニュエル・ドゥボス)は、“夫婦”と偽って同性愛者のモーリス・サックス(オリビエ・ピー)とともにノルマンディのアンサン村へ戦火を逃れて暮らしていた。ヴィオレットはモーリスに愛情を抱き、闇で食料を仕入れては警察に追われる日々。だが、モーリスはヴィオレットの愛を拒み、その苦悩を“書く”ことで吐き出せと言い放つ。「母は、私の手を握らなかった…」、処女作『窒息』の書き出しにペンを走らせるヴィオレット。だがある日、モーリスは彼女を見捨ててパリへ戻っていく。ヴィオレットはモーリスの友人宅を訪ねたが、モーリスはすでにドイツへ行ったという。モーリスに見切りをつけたヴィオレットは、その友人宅でシモーヌ・ド・ボーヴォワール(サンドリーヌ・キベルラン)の著書『招かれた女』を手にした。

第二章 シモーヌ
闇商売で生計を立て、洒落たファッションにつぎ込んでしまうヴィオレットは、『招かれた女』を読みボーヴォワールに傾倒する。面識のないボーヴォワールのアパルトメントを探し出し、自分の作品を読んでほしいと無理矢理手渡して立ち去る。その夜、ボーヴォワールはヴィオレットの原稿を読み通し、彼女の才能に感じ入る。ヴィオレットに出版の支援をしようと申し出るボーヴォワール。このときから二人の関係が終生続いていく。

第三章 ジュネ、ゲランとの共鳴
ボーヴォワールの執り成しでヴィオレットの小説『窒息』が出版された。その喜びを、寄宿舎時代の恋人エルミールに(ナタリー・リシャール)贈り、もう一度関係を戻そうと思い再会するが、エルミールはその愛情を拒否する。だが、出版された小説はジャン・ジュネ(ジャック・ボナフェ)などボーヴォワールの作家には高く評価された。ジャン・ジュネと懇意になったヴィオレットは、彼のパトロンで大金持ちの同性愛者ジャック・ゲラン(オリビエ・グルメ)を紹介された。私生児で育ったヴィオレットとゲラン、そして両親ともいないジュネ。三人の心は、どこか共鳴するものがあった。

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ヴィオレット(写真右)とボーヴォワールは、おしゃれな二人でした。衣装デザイナーのマドリーヌ・フォンテーヌが手掛けた40年代から60年代にかけてのファッションが見どころな作品。 (c)TS PRODUCTIONS – 2013

第四章 ジャック
ヴィオレットは、ボーヴォワールへの激しい愛情を小説『飢えた女』に吐き出した。だが、ボーヴォワールは『第二の性』の執筆に集中していた。ヴィオレットは、その草稿をジュネに見せた。ジュネはヴィオレットを伴ってゲランの屋敷へ行く。屋敷で映画の撮影に興じていて、ヴィオレットに母親役をやるよう求めたことが彼女の心を傷つけ、パリに帰ろうとする。ヴィオレットの機嫌をとるように、ゲランは『飢えた女』することと前金で10万フラン支払うことを約束する。

第五章 母ベルト
夫の農園で暮らしていた母ベルト(カトリーヌ・イーゲル)が、パリのヴィオレットの部屋を訪ねてきた。体調がすぐれないというヴィオレットに、母ベルトは更年期に入ったからだと教える。ボーヴォワールがアメリカから帰って来るのを心待ちにしていたヴィオレットだが、ジュネが書いた芝居の稽古に彼女がいるのを見つけ自分を避けているとなじる。そんなヴィオレットにボーヴォワールは、『飢えた女』は素晴らしい作品だが自分に愛情を期待しないでと告げる。ボーヴォワールの『第二の性』が出版されセンセーショナルを巻き起こしたが、ヴィオレットの『飢えた女』はひどく落ち込む。そんなヴィオレットにボーヴォワールは、新作を書けばガリマール社から毎月送金があるように約束を取り付けたから執筆に専念しろと励ます。ヴィオレットは、寄宿舎での同性との性関係、結婚生活と中絶の経験などを小説『破壊』を描き始めた。

第六章 フォコン
ヴィオレットは、南フランスのプロヴァンスを旅し、フォコンという村で空き家を見つけて小説『破壊』を完成させた。だが、ガリマール社は、エロティックな描写を削除するよう求めてきた。女性が書く性の描写は許されない社会だった。ボーヴォワールの抗議も聞かれずに小説は切り刻まれ、ショックでヴィオレットは倒れた。ゲランの申し出を蹴って、ボーヴォワールがヴィオレットの入院費を支払って面倒を見た。退院したヴィオレットは、出版社からの毎月の送金もボーヴォワールが出していたことを知り、彼女に送金を断る。

第七章 私生児
ヴィオレットは、ある日郊外で一人のレンガ職人と出会い恋に落ちる。そして、その関係を冷徹に書き記し『私生児』の大作にまとめあげた。書き上げた原稿をボーヴォワールに届けると、彼女の様子がいつもとは違っていた。母親が亡くなったのだという。脆くも涙を見せるボーヴォワールを見て、「母を失ったら生きていけない…」とつぶやくヴィオレット。ボーヴォワールは、『私生児』の序文を描くことを引き受けた。

父親を知らず、母に愛情を求めても一緒に暮らすことは出来なかったヴィオレット。最初の恋愛関係が同姓で、モーリスやゲランにいだいた愛情も受け入れらなかったヴィオレット。孤独のなかを浮遊するかのように愛情を求めたバイセクシャルな人生で、ボーヴォワールへの想いは一途だったのだろう。「第二の性が第一だと証明したヴィオレットへ」と献辞を認めて『第二の性』を贈ったボーヴォワール。激情な人生を文学に昇華させたヴィオレットが、今日のジェンダーへの問いを体現した存在として描かれているように思う。 【遠山清一】

監督:マルタン・プロヴォ 2013年/フランス/フランス語/139分/原題:VIOLETTE 配給:ムヴィオラ 2015年12月19日(土)より岩波ホールほか全国順次公開。
公式サイト http://www.moviola.jp/violette/
Facebook https://www.facebook.com/moviolaviolette/