映画「さざなみ」--結婚45年の絆を危うくさせる愛の脆さへの気づき
“蟻の穴から堤も崩れる”など些細なことを見過ごしたり、気づかずにいると堤防さえも脆くも崩れて。理解し合っていたと思う心の隙は、長年連れ添った夫婦であっても一通の手紙で心が揺れ、信頼関係が崩れていく様を6日間の出来事で描いていく。愛とは、夫婦で暮らすということはどういうことなのか。男性と女性の間にある感性や洞察の違いなど、深くてもやがかかった河へ漕ぎ出していくような作品だ。ラストシーンをどのように受け止めるのか、アンドリュー・ヘイ監督は観る者に投げかけている。
【ストーリー】
イギリスの片田舎に暮らすジェフ(トム・コートネイ)とケイト(シャーロット・ランプリング)は、週末に結婚45周年のパーティを控えている。子どもは授からなかったが、互いに仕事を勤め上げ、セカンドライフを悠々自適に愉しんでいる。ケイトは、記念パーティで流す思い出の楽曲を口ずさみながら選曲を愉しんでいる。
月曜日、スイスから一通の手紙がジェフ宛に届いた。50年ほど前に雪山でクレパスに落ちて遭難したかつての恋人カチャの遺体が発見されたので確認に来てほしいという内容だった。遺体は、かつての若い姿のまま発見されたのだろう。ジェフは思わず「僕のカチャ」とつぶやく。カチャも事は、結婚したころケイトに話していた気になっていたジェフ。だがケイトは初めて聞く名前だった。夕食になると、カチャとのことを無防備に話すジェフ。「出会う前のことだから」と聞き流すケイトだが、ジェフのうつろに想いみる様子には何かを感じさせられる。
日は過ぎるが、ジェフは相変わらずカチャのことをケイトに話す。夜中に起き上がっては、屋根裏部屋で何かしている様子だ。ジェフが会社のOB会に送り出したあと、ケイトは躊躇しながらも気になっていた屋根裏部屋に上がってみると古いスーツケースに収まっていた古い写真や旅の記録。スクリーン代わりに張られたシーツにスライドを映すとカチャとの旅の記録。ケイトは、そのスライドに何かを発見する。電話が鳴った。記念パーティの会場から当日の楽曲リストを聞いてきた。
金曜日の朝、「バスで町へ行く」と書かれたジェフの置手紙があった。感が働きケイトは町の旅行代理店を訪ねると、スイス行きのチェックに来たようだ。夕方帰宅したジェフにスイス行きについて尋ねると、カチャの話が始まりケイトは苛立ちを隠せなくなり大声で「彼女の名前を言わないで!」と叫んでしまう。土曜の結婚45周年の記念パーティはどうなるのだろうか…。
【みどころ・エピソード】
物語の展開は静かに進み大きな事件らしいことは起こらない。だが、ケイトの心のうちに生じた小さなさざ波は、ジェフの無防備な言動で次第に大きくなり、スリラーのような緊張感を醸し出していく。シャーロット・ランプリングとトム・コートネイの演技はみごと。記念パーティでケイトに謝辞を語るジェフ。その言葉を聞いたあと、二人でプラターズの「煙が目に染みる」を踊り終えたラストシーンは強く心に焼き付き、そのリアルさがわが身へと語りかけてくる。シャーロット・ランプリングが、本作で数々の主演女優賞を受賞し、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされたことも納得できる。
現代は「45 Years」。二人が出会い、恋をし、結婚した60年代のヒット曲、ダスティ・スプリングフィールドの「二人だけのデート」(I Only Want to Be with You)やアーロン・ネヴィルの「Tell it like it is」など数多く使われていて懐かしい。ケイトが、犬の散歩やキッチンで料理しながら口ずさむプラターズの「煙が目に染みる」(Smoke Gets In Your Eyes)や、カーラジオから流れてい来たゲイリー・パケット&ザ・ ユニオン・ギャップの「Young Girl」に、カチャのことがジェフの心に棲み始めていることにいら立ったケイトが途中でスイッチを切るなど、使われているシーンも気が利いていて記憶に残る。ただ重苦しい物語せず、映画を愉しませてくれる作り方が心憎い。 【遠山清一】
監督:アンドリュー・ヘイ 2015年/イギリス/95分/映倫:G/原題:45 Years 配給:彩プロ 2016年4月9日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー。
公式サイト http://sazanami.ayapro.ne.jp
Facebook https://www.facebook.com/sazanami.movie/
*Awards*
2016年:第88回アカデミー賞主演女優賞ノミネート。 2015年:第65回ベルリン国際映画祭銀熊賞(主演男優賞・主演女優賞)ダブル受賞。全米映画評論家協会賞主演女優賞受賞ほか多数受賞。