映画「ミルピエ ~パリ・オペラ座に挑んだ男~」--情熱あふれるコレオグラファーのエスプリ
2014年10月、350年余の伝統を有するパリ・オペラ座の芸術監督に、歴代最年少のバンジャマン・ミルピエ(当時37歳)が就任した。ダーレン・アロノフスキー監督のサイコスリラー映画「ブラック・スワン」でバレエシーンを振付した“天才”とも評されるコレオグラファー(振付家)。だが今年2月、就任してわずか1年半で辞任を表明した。ミルピエとはどのような芸術家なのか、パリ・オペラ座の芸術監督としてどのようなことに挑んでいたのか。ミルピエが芸術監督として手掛け創作バレエ「クリア、ラウド、ブライト、フォワード」完成までの40日間を記録し、彼のバレエ芸術へのエスプリを表出したジャーナリスティックなドキュメンタリーだ。
伝統的な階級制度などを否定し
ダンサーの踊る喜びを自由に表現
ミルピエは、芸術監督の最初のシリーズのため新作オペラの公演40日前、新譜をチェックし振付の想を練り、自ら鏡の前で踊りスマートフォンで撮影してながら研究し、構想を肉付けしていく。コレオグラファーとしての仕事と並行して舞台設定やマスメディから取材アポイントメントなど秘書から実務的な確認とサインを求められる。
ミルピエは、この創作バレエ「クリア、ラウド、ブライト、フォワード」の配役をオペラ座のエトワール(ダンサーの5階級のなかで最高位の呼称)からではなく、群舞で踊るコール・ド・バレエのダンサーたちから男女8人ずつ16人を選出し、それぞれにソリスト的な振り付けを創作している。インタビューでも、エトワールに象徴されるようなダンサーの階級制度には否定的な意見を述べている。また、オペラ座では肌に色の違いは統一感を損なうとして白人以外のダンサーは採用されなかったが、「クリア、ラウド、ブライト、フォワード」ではイタリア人と黒人のハーフのダンサーを登用している。そのような伝統を打破し、ダンサーの内面からわき上がる踊る喜びが自由に引き出せるようにリハーサルでも振付や演出についてディスカッションを重ねていく。
オペラ座のバレエ関係者で伝統的な文化を愛してきた人々の中には、ミルエルの息吹は全力疾走する走者の息遣いのように吹きかかったのかもしれない。しかし、クラシックバレエの振り付けと発想だけでなく、コンテンポラリーバレエのリズムを感性も尊重するミルエルのエスプリは、若手ダンサーたちにアーティストとしての喜びを自由に表現させていく。若手の音楽家、指揮者、ダンサーたちを登用した創作バレエ「クリア、ラウド、ブライト、フォワード」は、舞台デザイン、衣装デザインなど着実に決められていく。だが、恒例の劇場職員たちのストライキが始まり、いくつかの公演が中止になった…。
すべてに時がある
このドキュメンタリーは、パリ・オペラ座公式プロデュース。カメラは、エルピエと創作バレエに選抜されたダンサーたちのリハーサルや人間関係だけでなく、事務方や衣装デザイナーなど様々なクリエイターたちの仕事も丹念に映し出していく。そのプロセスに織り込まれていく「クリア、ラウド、ブライト、フォワード」の舞台演技シーンの美しさ。それらは、この一連のトピックスを知らない人々をもバレエ映画への世界へと引き込まれることだろう。
エルピエは、「クリア、ラウド、ブライト、フォワード」完成の4か月後、「アーティスト活動に専念するため」という理由でオペラ座の芸術監督辞任することを今年2月に公表した。ひとりのコレオグラファーの枠を超えた才能を見いだし著名な候補者たちを押しのけてオファーしたオペラ座の重役たち。素晴らしい才能をもつダンサーたちと素晴らしいバレエ芸術を追い求めたミルピエ。やれる“とき”(オファー)と、やれる“とき”は一致するとは限らない。聖書にあることばだが「すべてに時がある」。アーティストとして、クリエイターとしてミルピエの決断を受け止めることができたのは、クラシックバレエだけはでなく、コンテンポラリーバレエにも意欲的なチャレンジを示してきたパリ・ぺラ座ゆえなのだろう。 【遠山清一】
監督:ティエリー・デメジエール、アルバン・トゥルレー 2015年/フランス/110分/ドキュメンタリー/映倫:G/原題:Releve: Histoire d’une creation 配給:トランスフォーマー 2016年12月23日(金)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次公開。
公式サイト http://www.transformer.co.jp/m/millepied/
Facebook https://www.facebook.com/Millepied.movie/
*AWARD*
パリ・オペラ座公式プロデュース