Movie「アメイジング・グレイス」――福音の光に照らされ、信じて生きた男たち
Amazing grace! (how sweet the sound) 驚くべき恵みよ！(なんと麗しい響き)
That sav’d a wretch like me! （神は）私のような罪深き者も救われた
I once was lost, but now am found, 私は見失われたが 今は（神に）見いだされたのだ
Was blind, but now I see. 私の目は見えていなかったが 今は見える
フジテレビ開局記念ドラマで放送された「白い巨塔」の主題歌に使われブームにもなったヘイリーの「Amazing Grace」。他界した本田美奈子の歌唱でも注目され、レーナ・マリアやソプラニスタの岡本知高、白鳥英美子らのオムニバス・アルバム「アメイジング!―アメイジング・グレイス―」（ユニバーサル・ミュージック・クラシック）が発売されているなど日本でも賛美歌「アメイジング・グレイス」の認知度は広い。
その賛美歌の作詞者ジョン・ニュートンが、若い時代に奴隷貿易船の船乗りから船長になり、大勢の奴隷たちに苦しみを与えてきた人生の悔い改めから生まれたことは、近年知られるようになってきた。人間を人間扱いしてこなかったニュートンが、「私のような（罪深い）者も救われた。見失われていたが、いま見いだされ。何も見えていなかったが、今は見える」と、神の愛を「驚くばかりの恵み！」と詠（うた）う。
世界を変えた讃美歌のスピリット
ジョン・ニュートン（アルバート・フィニー）が英国国教会の牧師となり奉職していた教会で、ニュートンのその証しと賛美歌に信仰を導かれてきた若き政治家ウィリアム・ウィルバーフォース（ヨアン・グリフィズ）が、奴隷貿易の廃止を目指して闘った20年間を史実に基づいて描いている。
ウィルバーフォースは弱冠21歳で国会議員となり、後に首相になったウィリアム・ピット（ベネディクト・カンバーバチ）と共に非人間的な奴隷貿易の撤廃を目指す。自然を愛し、貧しい者たちに食事を与え、福祉事業にも熱心なウィルバーフォース。だが一度抱いた信念は、容易には屈せず情熱をもって貫こうとする。そんなウィルバーフォースを、マイケル・アプテッド監督は敬意をもちつつも単純に英雄視せず弱く迷う人間として描いていく。廃止法案を国会に出しては否決されることを繰り返し、持病の薬の副作用で苦しみ苛まれる。政治から身を引き聖職者に献身すべきか悩み、ニュートン牧師のもとを訪ねる。妻バーバラ（ロモーラ・ガライ）との心の交流に慰められ、廃止運動を闘う仲間たちに励まされる。
ピットが引き合わせた急進的な活動家トマス・クラークソン（ルーファス・シーウェル）の調査力とすぐれた組織力や、穏健なオラウダ・エクイアノ（ユッス・ンドゥール）など、この運動が個性的な協力者たちによって支えられ展開していたことも適切に描かれる。なによりもウィルバーフォース自身が、政治家として駆け引きを軽んじない現実主義の面をしっかり捉えている。
それぞれの個性と人間味を踏まえながら、その信念を結び合わせ一貫しているスピリットは、「神は人間を平等に創られた」という聖書からの光。それは、ニュートンがかつて嵐の中で得た神への回心と、2万人に及ぶ黒人奴隷たちを苦境と死に追いやったことへの悔悟を活かす光でもあろう。
不当な苦しみを強いることへの義憤
だが、理想だけでは世の中は動こうとはしない。すでにアメリカはイギリスから独立し、当時の宿敵フランスとの関係からイギリスの貿易経済の基盤の奴隷貿易を止めることは、フランスにその利権が移りかねない。難しい政治状況の中でも、少数派のウィルバーフォースたちは世論を起こす地道な努力を続けていく。
その運動を支えた福音主義信仰に立つ協力者たち。人間の良心と政治の正しさに訴えてきた廃止運動は、政治的には対フランフ領へ政策に路線変更して1807年に「黒人貿易廃止法」はイギリス国会を通過する。そして、実質的に多くの黒人奴隷が人身貿易の犠牲から解放されていった。
映画が描いた時代の後日談になるが、ウィルバーフォースが1825年に国会議員を退いた後、黒人解放運動のリーダーはトーマス・フォーウェル・バックストンに引き継がれ、イギリス領内の奴隷貿易廃止運動が展開された。このT・F・バックストン議員は、日本に宣教に来たB・F・バックストンの父親。福音の光に照らされ、人間の平等と自由を愛するスピリットは、日本への架け橋でもあった。 【遠山清一】
監督：マイケル・アプテッド。イギリス映画/原題：Amazing Grace/1時間58分。3月5日（土）より銀座テアトルシネマ（東京）、ワーナー・マイカル・シネマズむさし野ミュー（武蔵村山市）、横浜ブルク13（神奈川）、チネチッタ（川崎市）、ワーナー・マイカル・シネマズ市川妙典（市川市）、ワーナー・マイカル・シネマズ浦和御園（さいたま市）ほか全国順次公開。配給・宣伝：プレシディオ
公式サイト http://amazing-movie.jp