福島の原発事故で全町避難した富岡町。だが松村直登(ナオト)さんは、殺処分を免れた牛や家畜、ペットたちを見捨てることができずたった一人で居残り、生きものたちにエサを与え、いのちを護る暮らしを続けている。

福島県双葉郡富岡町。桜の木とツツジの花、セキレイがシンボルの自然にあふれた町。一方で、福島第二原発を擁し、第一原発事故20Km圏内にすっぽり入る避難指示制限区域に位置する。原発事故直後、全町避難指示が出され牛などの家畜は殺処分命令が出された。父親と暮らしていたナオトさん(55歳)は、家族に父親を預けて一人で富岡町に残った。
いまは避難解除準備区域になったナオトさんの実家と牧場へ向かう車内。線量計のアラームが鳴り針は大きく振れる。空間線量は毎時2―3マイクロシーベルトと高い。電気は復旧したが水道は止まったまま。家の庭先には第一原発のマスコットだった2匹のダチョウが飼われている。猫や犬に混じって豚とイノシシが自然交配し急激に繁殖しているイノブタたちが、ナオトさんが撒くエサを貪り食う。

牛舎に繋がれたまま置き去りにされ餓死した牛たちの死骸。4年を過ぎた今も悲惨な臭いは消えないという。実家近くの牧場では、殺処分したくないという飼い主から32頭の牛を引き受けを放牧している。だが建築会社を経営していたナオトさんには、畜産技術はない。動物たちの世界は弱肉強食だ。気の弱いものは食べ残しのわずかなエサしか食べられず身体は衰弱していく。年数が立ちカビが生えた干し草を食べたり、体力が劣った牛のなかには下痢を起こして死亡するものもでてくる。

一方で、生きものたちの出産は決まって訪れる。森の向こうの牛が柵を越えてナオトさんの牛に種付けして去っていく。イノブタは繁殖力が強く、住人のいない家屋をエサを求めて荒らし回る。生きものたちのにぎやかな振る舞いに、ナオトさんが孤独感に陥ることはない。そんなナオトさんの生き方が海外のジャーナリストたちの目に留まり、取材され、海外での国際会議も証言者として招かれている。日本のマスコミは目をそむけいても、世界の目が放射能汚染の地で生き続けるナオトさんと生きものたちに目を注いでいる。

 中村真夕監督は、ナオトさんと生きものたちの存在を海外リポートで知った。フランス人ジャーナリストのアントニオ・パニョッタはその著書で「マツムラは、核のテクノロジーに対し地球を代表して抵抗している」と評しているという。ふと、創造主がアダムを創り、エデンの園の管理を委ねた聖書の記事を思い出す。ナオトさんが生きものたちに声をかけると、気持ちを分かっているかのようにすり寄ってくるシーンにあふれている。それでいて、世捨て人ではない。昨秋、父親になったナオトさんは、生まれた子どもとこの故郷で暮らしたいという夢を持っている。いのちを愛する生き方は、希望を絶やすことはない。生き続けることが、いのちを粗末にしている権力への静かな抵抗であることを教えられる。 【遠山清一】

監督:中村真夕 2014年/日本/98分/ドキュメンタリー/ 配給:アルゴ・ピクチャーズ 2015年4月18日(土)より新宿K’s cinemaにてロードショーほか全国順次公開。
公式サイト:http://aloneinfukushima.com/
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