記者会 見で質問するカタリン・トロンタン編集長  ©Alexander Nanau Production, HBO Europe, Samsa Film 2019

2015年、ルーマニアに首都ブカレストのライブハウス「コレクティブ」で火災が発生し、若者27名が死亡、180名が負傷した。さらに火傷を負って大学病院などに搬送・入院した負傷者たちのうち、事故が起きてから数か月後に37名が亡くなり入院先での死亡者は治まる様子が見られない。その死因は何なのか。この火災事故とその後を追跡する新聞の調査報道をきっかけに、ルーマニアの医療と政治の腐敗を明らかにしていく新聞社と厚生・医療の腐敗構造を改革しようとする新大臣の視点を通して民主社会の在り方を考えさせられる観察ドキュメンタリー。

民衆の怒りが調査報道を支持
政権交代で着任した新大臣の改革

非常口のないライブハウスを放置していた民衆の怒りが治まらないなか、火傷を負って入院先で2か月ほど過ぎて死亡した遺族らがテレビ・新聞などマスメディアの会見取材に応じていた。火災事故直後から政府当局は一貫して「対応に一切の不備はなく、ドイツと同じレベルの医療を救出された人たち全員が受けている」と説明していた。それがなぜ2か月後に死亡するのだと異口同音に訴える。あるエンジニアの父親は、息子(19歳)をウィーン総合病院ヘ移したいと申請したが、ブカレスト大学病院の経営陣は転院を拒んだ。それでも訴え続けて1週間後にようやく移されたが11月に多剤耐性菌による感染症で他界した。なぜ、転院が遅らされ感染症で亡くなったのかと疑念を訴える。

スポーツ新聞ガゼタ・スポルトゥリロル紙の編集部に大学病院女性麻酔医師から火傷患者の死因について、政府当局は火災事故が起こる以前からその可能性を知っていたことを内部告発するデータ書類などが送られてきた。病院の女性看護師のなかからもガゼタ・スポルトゥリロル紙に内部告発する証言者が情報提供してくる。カタリン・トロンタン編集長ら調査報道記者たちが取材していくと、情報提供者たちの告発内容どおり、製薬会社が病院経営者らと結託して成分を薄めた消毒液を卸し、病院でさらに希釈して使いまわしている衝撃の事実を突き止める。ガゼタ・スポルトゥリロル紙の報道によって市民の怒りはさらに高まり、内閣は総辞職する。新政権のヴラド・ヴォイクレスト保健大臣は、正義感に燃えて腐敗にまみれた保健医療システムの改革刷新に邁進する。だが、当事者の製薬会社社長が自動車事故で死亡のニュースが報道された。自殺なのか他殺なのか…。

真摯な報道によって明るみにされていく国家の嘘。民衆は「無関心は人を殺す」と声を挙げデモに訴える。  ©Alexander Nanau Production, HBO Europe, Samsa Film 2019

希望は失望に終わることはない…

この“コレクティブ”火災事故から医療システムの腐敗が暴かれていく展開が、ドラマではなく現実のドキュメンタリー映像であることに驚かされる。コレクティブ火災の現場に居合わせた映像。麻酔医や看護師らが内部告発する情況。ヴォイクレスト保健大臣は大臣室をカメラクルーに解放し、危機管理への決定プロセスやさまざまな対抗勢力からの対応なども観客に目撃させる。

製薬会社、医療経営者、国家の嘘との闘いというステレオタイプな視点では編集されていない。医療現場から内部告発情報を新聞社に提供した女性医師と二人の女性看護師の証言には、組織内で置かれた立場とはいえ告発を決断するまでの自責の念と亡くなった患者への深い悼みが滲み出ている。火災事故の現場にいて頭部や身体に重度の火傷を負い手の指も切断しなければならなかった女性建築家は、むしろ自らをプロカメラマンにアーティフルに撮ってもらい写真展を企画実現する。火災事故の原因究明などで恨むことよりも、「自分の目の前にしか道はないのです。進むだけです」と、身体の火傷やトラウマをアートで癒すことで、いま生きていることを表現して他者を励まそうとしている。

監督は、「私は、メディアや市民の絶え間ない監視なしには、民主主義国家やその国家機関は脆弱であるという、身も蓋もない真実が明るみになる過程を撮影しました。」という。ナレーションもインタビューもない観察映画は、国家の嘘を知ったとき声を上げなければ自分たちの悲劇が深まることを示唆している。だが、選挙は意外な結果を民衆の声として顕れた。心が折れそうな情況になっても、希望を捨てる必要ない。アートフルに生きていることを表現して他者をも癒そうとする醸成建築家や、息子を亡くしたエンジニアの父親が運転するカーラジオから流れる歌のように民主社会に生きる市民の在り様についても問い掛け、考えさせてくれる。【遠山清一】

監督:アレクサンダー・ナナウ 2019年/109分/ルーマニア=ルクセンブルク=ドイツ/ルーマニア語・英語/ドキュメンタリー/原題:Colectiv 配給:トランスフォーマー 2021年10月2日[土]よりヒューマントラストシネマ有楽町ほかロードショー。
公式サイト https://transformer.co.jp/m/colectiv/
公式Twitter https://twitter.com/Colectiv_JP

*AWARD*
2021年:第93回 アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞・国際長編映画賞ノミネート