夫は他界、子どものいない独り暮らしの角谷ミチ。 (C)2022「PLAN75」製作委員会 / Urban Factory / Fusee

2025年には国民の5人に1人が75歳以上になると予測されている日本。そうした近未来像の一つに、満75歳から“生き続ける”か“死ぬか(安楽死)”の選択権を与える社会的法制度<プラン75>が施行される物語から、本作は社会を形作る責任を担う全世代に人間の“生きる尊厳”とは何かを問いかけている。

生産性と効果の観点で生か死の
選択を迫る近未来の社会制度とは

物語の始まりは事件から。高齢者施設だろうか、ライフル銃を持った青年が施設内を徘徊している。腕や身体に返り血を浴びている。車いすが倒れていて静まり返っている館内。殺戮に憔悴したような男は、「国家のため、未来を守るために…」とつぶやいた後、銃口を額に当てて自死する。テレビニュースは事件を伝えた直後、相次ぐ高齢者殺害事件の対策として満75歳以上の高齢者に自らの“最期”を選ぶ権利を認め、支援する制度が国会で可決したと伝える。

そのころ、78 歳の角谷ミチ(倍賞千恵子)は、ホテルの客室清掃の仕事をしていた。二番目の夫と死別し、子どものいないミチは古い団地の部屋で独り暮らし。仕事場のホテル職場では同年代の女性たち3人いて、いっしょにカラオケに行ったりと助け合って寂しさや不安をまぎらわせていた。なかでもミチは稲子(大方斐紗子)と仲がいい。だが、稲子が仕事中に倒れたのを機にホテルからミチたちは解雇を告げられた。無職になったミチは、職探しと取り壊しが決まっている団地を退去するためアパート探しにも奔走する。だが、高齢を理由にどちらも見つからず途方に暮れる。ミチは、夜の公園で<プラン75>PRの一環でおにぎりと豚汁の無料提供が行われているのを呆然と見つめる…。

<プラン75>事業が発足し、担当部署で 申請窓口に配属された岡部ヒロム(磯村勇斗)。訪れる高齢者に、既定の所要時間30分で丁寧に制度を説明する。時おり、夜の公園で申請申し込み業務の延長でおにぎりと豚汁を無料提供の仕事もしていた。ある夜、ヒロムは公園で無料提供の軽食を受けとる見覚えのある老人を見かけた。20年ほど会っていない伯父の岡部幸夫(たかお鷹)だった。その幸夫が、市役所に<プラン75>の申し込みにやって来た。伯父は75歳になったばかりだった。三親等以内は業務を担当できない規定があり、ヒロムは叔父の担当を同僚に任せた。だが、幸夫の死の選択が実施される日が近くなったある日、ヒロムは幸夫のアパートを訪ねてた…。

ヒロム(右)は、<プラン75>の申請にきた叔父の岡部幸夫と20年ぶりに再会する。 (C)2022「PLAN75」製作委員会 / Urban Factory / Fusee

フィリピンから単身来日した介護職のマリア(ステファニー・アリアン)は、幼い娘の手術費用を送金する必要に迫られていた。フィリピン人コミュニティのキリスト教会で祈りと支援金募金を募ると集っている人たちが貧しい生活費の中から募金に応え、マリアを励ます。コミュティのリーダーの紹介で、より高給で国の関連事業の安全性から<プラン 75> 関連施設に転職する。利用者の遺品処理など、仕事の内容に複雑な思いを抱えて作業に臨む毎日だ。

ミチはついに<プラン 75 >を申請する。早速コールセンターからミチに定期的な電話サポートすると連絡が来た。担当は、孫ほど年若い担当の成宮瑶子(河合優実)。ミチは成宮を「先生」と呼び、毎回 15 分の会話を楽しみにしていた。思い切ってミチは成宮に直接会いたいと申し出てみた。規則違反を知りながら成宮もミチと実際に対面し、二人はさらに打ち解けていく。

今まで<プラン75>に何の疑問も抱いていなかったヒロムと瑶子だが、相手の顔を見て交流することで、たんに年齢だけで自分の生と死の選択を決めさせる制度の理不尽さを感じ始めていた。最期の日の前日、電話口で普段通りに明るく話したミチは、成宮に「いつも先生とおしゃべりできるのがうれしかった。本当にありがとうご ざいました」と電話を切る。ヒロムの叔父・幸夫も最期を迎える朝がやって来た。ヒロムは車で叔父を迎えにきた…。ミチは部屋を整理し、ベランダから慣れ親しんだ風景を見つめる。そして、一人バスに乗り、施設に向かった…。

安楽死、尊厳死の要請は
社会制度に馴染むのか

安楽死を率先して励行する未来社会。法令が実施されて間のない状況設定で、経済効果が改善されつつあるとテレビニュースが聞こえるシーンに虚しさを覚えさせられる。本当に、それが若い世代に希望をもたららすのだろうか。

ミチは、<プラン75>の電話相談員・成宮瑶子に無理を言い、夫との思い出のボーリング場で久しぶりに愉しいひと時を過ごせた。 (C)2022「PLAN75」製作委員会 / Urban Factory / Fusee

終末期患者の苦悩と苦痛、自死への誘いなど訪問看護師が直面する患者とその家族との関りをリアルに描いたメキシコ=フランス合作映画「或る終焉」(日本公開:2016年5月)や自律した人生観をまっとうしようと尊厳死ほう助団体での死を選択する余命わずかな母親と息子の愛憎を描いたフランス映画「母の身終い」(日本公開:2013年11月)など、安楽死・尊厳死をテーマにした佳作は数々ある。自ら死期を選択した事情のプロセスと家族や知人などとの死生観の相克が物語るそれらの趣と異なり、本作は民間伝承の棄老伝説をモチーフにした深沢七郎の短編小説『楢山節考』と同名の映画作品(監督・脚本:木下惠介、1958年制作。監督・脚本:今村昌平、1983年制作)に描かれる日本人性、社会性を現代に問いかけているように思える。『楢山節考』の老婆おりんは、70歳に達したら楢山に死出のおまいりに行かねばならない貧しい村の慣習を受容し、周囲に迷惑をかけない価値観を凛として全うしようとする。孝行息子の辰平は口減らしのために山に置き去りにしなければならない哀しみを押し殺し自己犠牲を自ら選択した母を背負って山へ向かう。本作が描く近未来の<プラン75>は、『楢山節考』の姥捨て伝説などにみられる経済的存在価値から弾かれる存在者に、自己犠牲の死を選択するように要請する社会的価値観の制度化といえる。そこには、『楢山節考』などにみられる日本人の心情の奥に通底するニヒリズムが表出されている。だが、本作のラストシークエンスにはそのようなニヒリズムを超克するかのようにミチやヒロム、マリアらの決断が“生きる”こと“生きていたこと”を人間の尊厳として選択する行動をとる。そのカタルシスがラストシーンに美しく映えていて一条の光の温もりを感じさせてくれる。【遠山清一】

監督・脚本:早川千絵 2022年/110分/日本/ 配給:ハピネットファントム・スタジオ 2022年6月17日[金]より新宿ピカデリーほか全国公開。
公式サイト https://happinet-phantom.com/plan75/
公式Twitter https://twitter.com/PLAN75movie

*AWARD*
2022年:第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門正式出品・カメラドール(新人監督賞:早川千絵)特別表彰受賞。