映画「パラレル・マザーズ」――新生児取り違い端緒に展開する生命への畏敬
想定外の妊娠に直面しシングルマザーへの歩みを選択した二人の女性が、出産後に産院で互いの赤ちゃんを取り違えられたことを知り、倫理的ジレンマと苦悩に対峙する物語。現代でも起こり得る情況に、86年前に起こったスペイン内戦で虐殺された親族の発掘を果たして、いのちの樹の繋がりと自らのアイデンティティを確かめたいと願う生命への畏敬を問う問題が通奏低音のように心に響いてくる。
産院の相部屋で知り合う
二人のシングルマザー
2016年冬。フォトグラファーとして成功している40歳間近のジャニス(ペネロペ・クルス)は、マドリードのスタジオで法人類学者のアルトゥロ(イスラエル・エレハルデ)をモデルに撮影の仕事を終えると、スペイン内戦の時、故郷の村人たちと自分の曾祖父がファランヘ党員らに虐殺されて埋められた場所から遺骨を発掘したいと相談する。母親が27歳で他界し、祖母に育てられたジャニスは、曾祖父の最期の経緯や埋めめられた場所について祖母や村の親戚たちから聞かされてきた。専門家のアルトゥロは、歴史記憶文化の発掘申請などアドバイスしたのを機に二人は親密な関係になる。闘病中の妻をもつアルトゥロがすぐに離婚できないことを承知しているジャニスは、妊娠するとアルトゥロと別れてシングルマザーとして生きる決心をアルトゥロに告げる。
産院で17歳の未成年アナ(ミレナ・スミット)と相部屋になった。不安そうなアナに気さくに声をかけるジャニス。二人は、同じ日の同じ時間に女の子を出産する。ジャニスは娘に祖母と同じ“セシリア”と名付け、アナは娘に“アニタ”と名付けた。二人のシングルマザーは、娘を抱き、育児に時間を割かれるが子どもに愛おしさを強くしていく。自分の娘を一度は見たいというアルトゥロは、ジャニスに顔立ちも肌の色も違い過ぎて自分の子どもとは思えない検査をしてはどうかとジャニスに告げる。動揺と怒りからDNA検査を拒否したジャニスだが、同じ印象を抱いていたためインターネットでDNA鑑定をすると、結果は自分の子どもではなかった。産院で新生児の経過観察中にアナの子どもと取り違えられたのではないか、と疑念を抱くジャニス。不安な思いでアナに電話をしたが、つながらなかった。セシリアへの愛情を捨てることもできず、自分の子どもでないことをアナに確認することもできないまま電話番号を変更するジャニス。
一年が経ち、ジャニスは18歳になったアナからと町のカフェで偶然再会する。夕食に招いたジャニスは、アナから娘アニタが乳児突然死で亡くなったと聞かされ驚愕する。アナの両親は離婚していて、同居する女優の母親は舞台の主役を得て地方巡業で不在。母子ほどの年齢差があり、価値観も生き方も異なる二人のシングルマザーのパラレルな人生が、再会を機に子どもの生命と複雑にからみ合いながら二人の関係は緊張感ある急接近へと転じていく…。
いのちの繋がりの大切さ伝える
歴史記憶の遺骨発掘ストーリー
集団レイプに遭い妊娠したアナは、世間体をはばかる父親の影響で産まざるを得なくなる。それでも、母となった喜びは子どもへの愛情を育んでいく。その子を突然死で亡くした悲しみと孤独感。現代の男女関係ではありがちな情況のなかで、アナはシングルマザーとして生きようとするジャニスを慕っていく。アナに事情を言いそびれているジャニスには苦悩と背徳的な行動に思えるジレンマにもさいなまれていく。
ジャニスとアナの子どもたちの人生と共に、86年前に起きたスペイン内戦でファランヘ党員による虐殺で死んだジャニスの曾祖父と村人たちの発掘を物語の通底に置かれている。ジャニスはスペイン内戦とその後の独裁政権による虐殺事件を身近に感じられないアナに、「10万人以上が姿を消し、穴や墓地周辺に埋められている。遺骨を掘り起こして犠牲者の孫や曾孫たちは、母や祖母に誓ったようにきちんと埋葬したい。それまでは内戦は終わらない。…内戦の時、祖父や家族がいた場所を知ることで、自分の居場所が決まる」とアナに家族という連綿と続く生命の絆への畏敬を自分のアイデンティティと絡めて語る。
いまウクライナに侵攻しているロシア軍が退去した後に出現する虐殺事件の爪痕が報じられるとき、戦争と人間の罪深さに打ち勝とうとするジャニスのジャニスの親族らが語る言葉の重みが心に沁みる。【遠山清一】
監督・脚本:ペドロ・アルモドバル 2021年/123分/スペイン=フランス/スペイン語/映倫:R15+/原題:Madres paralelas 配給:キノフィルムズ 2022年11月3日[木]よりヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ、新宿シネマカリテほか全国順次公開。
公式サイト https://pm-movie.jp
*AWARDS*
2022年:第94回アカデミー賞主演女優賞(ペネロペ・クルス)・作曲賞(アルベルト・イグレシアス)ノミネート。第79回 ゴールデングローブ賞最優秀作曲賞・最優秀非英語映画賞ノミネート。 2021年:第78回ヴェネチア国際映画祭ヴォルピ杯女優賞(ペネロペ・クルス)受賞。