亡き後もその作品で多くの人を魅了する作家・三浦綾子。その魅力に心打たれた人たちの輪をつなぎ続けている三浦綾子読書会は、綾子の小説『われ弱ければ―矢嶋揖子伝』をテーマとした熊本全国大会を10月26日〜28日に開催する。

女性の地位向上に貢献した「矢嶋揖子伝」を語る

全国大会に先がけ、2か月前特別講演会が8月26日、熊本ナザレン教会(熊本市中央区)にて、会場とオンラインのハイブリッド形式で開催された。この講演は全国大会で取り上げる『矢嶋楫子(かじこ)伝』への理解を深めることを目的としたもので、前半は齊藤輝代氏(『まんが四賢婦人物語』原作者、くまもと文学歴史館友の会代表世話人)が「楫子を育て支えた矢嶋家の人々」を、後半は黒田孔太郎氏(元ジェーンズ邸館長)が「ジェーンズと熊本バンド」を語った。その内容を以下に紹介する。

楫子を育て支えた矢嶋家の人々

講師の齊藤輝代氏

三浦綾子が世に紹介したかったという教育者・社会活動家でありキリスト者の矢嶋揖子。「揖子は8人兄弟。そのうち4人の姉妹が当時の女性の地位向上のために活動した婦人たちです。熊本という男尊女卑が根強い土地で揖子たちのような女性がなぜ育つことができたのでしょうか」
3女・竹崎順子は熊本の女子教育の先駆者、4女・徳富久子は徳富蘇峰・蘆花の母、5女・横井つせ子は幕末の儒学者・横井小楠の妻、そして6女が揖子である。
「母の鶴子はしつけなどには厳しいけれど、教育熱心であり、男女の隔てなく子どもらに読み書きなどを教えました。また兄の源助は横井小楠の弟子でした。揖子たちは好奇心旺盛で勉強熱心。小楠の勉強会が自宅で開かれると隣の部屋で聞いていました。それを見た源助は妹たちに一緒に来て話を聞けばいい、と同席を勧めるような人でした。このような家で揖子は育ったのです」
さらに矢嶋家は士族と農民の中間である惣庄屋(当時の村役人のような存在)であった。
「矢嶋家は米の増産のため全長4キロの『岩野用水路』をポケットマネーで造ったり、当時の流行病であった天然痘から人々を守るため若い医者の育成に尽力しました。
自分たちは質素に暮らし、客人やまた特に貧しい人たちには惜しみなく食べ物を分け与える、そのような家でした」
揖子は25歳で武士の妻となるが、夫の酒乱と暴力が原因で結婚は破綻。
「当時女性から離婚は切り出せない時代。しかし楫子の決意を聞いて源助も承諾し離婚が成立したのです。40歳のとき病に倒れた源助のため上京。その後宣教師であったツルー夫人と出会い、新栄女学校の教師になります。46歳で受洗し翌年、桜井女学校の校長に就任しました。この二校が合併して現在の東京にある女子学院が設立し揖子は初代院長となります」
「社会活動家としても精力的に活動します。禁酒運動や社会の悪習を正す意味を込めて『東京基督教婦人矯風会』を設立し会頭に。議会への『一夫一婦制』の建白書提出をはじめ、婦人参政権、廃娼・禁酒運動、男女同権などに奔走しました。その活動は晩年になっても衰えず大正10年88歳で平和軍縮会議ワシントン大会に出席し、アメリカの新聞に「ジャパニーズワンダーウーマン」と紹介されました。そして92歳で召天します」
最後に齊藤氏は「揖子の願いや活動は次の世代に引き継がれていきましたが残念なことに女性の生きにくい社会は続いています。揖子は生前、成功の秘訣を聞かれた際『運・根・鈍』と答えました。鈍とは何と言われても信じた道を徹底的にやっていけ、という意味。そのような生き様に少しでも近づきたい」と語った。

ジェーンズと熊本バンド

講師の黒田孔太郎氏

「熊本のプロテスタントのグループである『熊本バンド』産みの親ともいえる教育者リロイ・ランシング・ジェーンズは元アメリカ陸軍の軍人です。退役後、1871年に来日し熊本洋学校を設立しました。クリスチャンでしたが学校ではあくまでも教育者として生徒に接しました。英語教育に力を入れ、ついていけない生徒は退学になるという厳しさでした」
設立4年目、揖子の姪横井みや子(小楠の娘)、同じく姪で徳富蘇峰・蘆花の姉である初子が入学し、日本初の男女共学校に。
「ジェーンズは学校ではキリスト教のことには触れませんでした。でも日頃のジェーンズの様子を見ていた生徒たちがキリスト教に興味を持つようになり、土曜日にジェーンズの自宅で聖書を読むようになります。その中からキリストを信じる者が起こされていきます。しかしそれが問題となってジェーンズは解雇。学校は閉鎖されてしまうのです。閉鎖後、ジェーンズの生徒らが京都・同志社英学校(現在の同志社大学)に転校しこれが熊本バンドの元となり、のちに同志社大学の総長なども輩出されていくようになります」
最後に黒田氏は「札幌バンドのクラークは非常に有名ですが、熊本のジェーンズはあまり知られていません。しかし教育、政治、経済界のリーダーが熊本バンドからもたくさん出ています。ジェーンズのことをもっと知ってほしいと願っています」と語った。
講演DVD2千500円(送料込)の申込は以下まで。090・6226・9102、toyoshi@io.ocn.ne.jp(長谷川)

12月6日、午後1時半から「矯風会創立137周年記念集会『われ弱ければ』の朗読を通して知る 矢嶋揖子の生き方」が開催される。講師:中村啓子(俳協ナレーター、三浦綾子読書会朗読部門講師)ほかに同会朗読部門メンバーによる朗読。会場:矯風会館1Fホール。入場無料。申込:前日までに電話、メールで。03-3361-0934 kyofukaisomu@festa.ocn.ne.jp

2023年09月10日号 06面掲載記事)