[CSD]2010年11月28日号《ヘッドライン》

[CSD]2010年11月28日号《ヘッドライン》

 = 1面 ニュース=
◎韓国発の新異端勢力「新天地」に対策窓口——日本キリスト教異端相談所 開設
★キリスト教書店はもうクリスマス

 = 2 面 ニュース =
★東京キリスト教学園20周年 破れ口にたつ人材育成を——宣教200年へ 使命と役割確認
★福音功労賞に湊晶子、ダグラス・ヘック、伊藤顕榮の3氏
★日本聖書協会:中国向け漫画聖書製作などで合意
★<落ち穂>中国政府の宗教政策緩和と現実

 = 3 面 教界ニュース =
★<竜馬をめぐる人々>[32]勝海舟の章:12——アンナ・ホイットニー物語? 記・守部喜雅
★ケープタウン2001報告[1]——神の宣教の業に励む使命 記・金本 悟
★<オピニオン>教会の主のみ言葉に従う教会 記・後藤喜良

 = 4 面 ビジネスパーソン=
★田島幸児さん[上]([株]田島建設代表取締役)——聖書の教えに従い祝福受けた
★<人生何とかなります>[15:最終回]無駄と思えることをやれるか? 記・佐藤 敏

 = 5 面 牧会/神学/社会=
★現代社会を覆う「孤独」とは——不安・病理から「神と二人きり」へ
★死海文書の高画質画像をネットで公開へ
★<精神障害と教会>[86]自分の専門家——私に何が起きているかを研究  記・向谷地 生良

 = 6・7 面 特集/在韓日本人伝道=
◎感謝とともに、新たな飛躍を——オンヌリ教会日本語礼拝20周年
★日・韓ビジネスマン交流の更なる飛躍を期待——VIPイルボンサラム3周年記念出版会
★日本ビジョン共同体教会が韓国基督教会館B1に移転入堂礼拝(11月28日)
★在韓日本人の救いと祝福を願い——カベナントチャペル日本人教会創立16周年を振り返って

 = 8・9 面 関西だより=
★「結婚はすごく大きな祝福」——クリスチャンの結婚助けて10年「カナの会」
★森祐子理さんと行く聖地旅行から受洗者——OCC企画「イスラエル歌の旅」来年5月も
★「歴史秘話ヒストリア」で高山右近の生涯——NHK総合で12月1日放送予定
★「本当のクリスマス」伝えたい——大阪府民クリスマス40年
★大阪府民クリスマス:超満員の第1回から福音届ける 記・松沢力男
★秋空に響け「森のコンサート」——バプ同盟関西部会の合同教会コンサート
★ゴスペルで年忘れ——年末関西ゴスペルコンサート情報

 = 10 面 情報=
★<情報クリップ>催し情報・放送伝道ハイライトほか
★RADIO:佐々木潤の気まぐれトーク(http://www.voiceblog.jp/rainbow_mj/ )
★BOOK:『そのままのきみがすき』マックス・ルケード著(フォレストブックス、1,470円税込)
★REVIEW:『北国の伝道』小笠原亮一著(日本キリスト教団出版局、2,100円税込)評・斎藤篤美

 = 11 面 クリスチャンライフ =
★神様と縦で繋がり 人と横で繋がる——羽鳥明メッセージCD発売記念会で湊晶子氏講演
★湯あがりにキリスト降誕のお話し——万座温泉日進館の名物フロアショー

 = 12 面 ひと=
◎白鳥あかねさん(脚本家・NPO法人KAWASAKIアーツ専務理事)——生きるチカラ 映画のチカラ


 = I —IV 面 別刷りカラー:日本キングス・ガーデン連合特集=
★夕暮れ時を明るく
★安心と希望の看取り看護
★神さまの特別な守りに支えられて——児島康夫さん(川越キングス・ガーデン[特養]施設長)
★天国への希望につながる「夕暮れってきれいよね」——宇都宮和子さん(筑波キングス・ガーデン[特養]施設長)
★人生の晩年の時に輝く日々を送っていただく——中島真樹さん(練馬キングス・ガーデン施設長)

◎韓国発の新異端勢力「新天地」に対策窓口−−日本キリスト教異端相談所 開設=1011280101

 既成教会に潜入して信者を奪ったり教会を乗っ取るなど、韓国で大きな被害が広がっている新手の異端「新天地イエス教証拠(あかしの)幕屋聖殿」(李萬煕教祖)が、日本でも活動を進めていることが警告される中、そうした韓国系の新しい異端の被害相談や救出にもあたる「日本キリスト教異端相談所」が、このほど東京・新宿に開設された。日本で献身した韓国人の張清益牧師が、韓国生まれの異端の被害に遭っている日本の青年たちを助けたいと立ち上がったもの。韓国の異端専門家とも連携して、最新情報を得ながら対応できる相談窓口として期待される。

 張清益氏は来日20年。日本で就職後、献身し聖契神学校を卒業。牧師になったが大学生伝道を志し、2年前から大韓イエス教長老会合同の宣教組織グローバル・ミッション・ソサエティ(GMS)の派遣で東京・新宿に単立教会を開拓していた。
 大学内では異端も活発に活動している実態に触れ、新宿の戸山公園を「聖地」とする統一協会信者とも出会った。彼らと話す中で「日本の青年たちがだまされ文鮮明をメシアとしてあがめているのを放っておけなくなり、にわか勉強を始めました」。日本の教会が韓国発祥の異端と闘いを強いられていることを知り、「韓国人としてできることはないか」と考えるようになったという。だが、異端信者に正統教理を説明しても通じない。
 今年3月、韓国の異端問題の第一人者である陳用植牧師(韓国基督教総連合会=CCK=異端対策委員会副委員長、韓国キリスト教異端相談所所長)と出会い、異端からの救出にはこつがあることを教えられた。張氏は5月から7月まで陳氏のもとで、異端とその救出について訓練を受けた。初めは統一協会への対応について学ぶつもりで渡韓したが、現在韓国では統一協会の被害は沈静化し、むしろ相談所に毎日持ち込まれる被害相談の9割が新天地によるものだった。陳氏が2、3日カウンセリングすると新天地信者たちが間違いに気づくだけでなく、真の救い主としてイエスを受け入れ、クリスチャンになっていく様をまざまざと見てきた。
 11月9日、新宿区内の教会で開かれた開所感謝礼拝では、陳用植氏がメッセージした。陳氏によると、マタイ24・4、5の預言にあるとおり韓国には40人の自称メシアがおり、彼らの下で活動している異端信者は200万人に上る。「異端が狙っているのは未信者ではなく、正統教会の信者。だが正統教会は全く無防備で、いとも簡単に惑わされ異端に連れて行かれてしまう。韓国の教会は危機的な状態に置かれている」と警告。いったん異端に入ってしまうと取り戻すことは不可能に近いとされ、入ってしまった人は相手にするなと言われてきたが、陳氏は「取り戻す方法はある」と言う。「異端が惑わすのは聖書勉強を通して。だから聖書勉強を通して取り戻すことができる。これが異端相談です」
 陳氏は15年ほど前から異端相談に取り組み、最近は新天地や安商洪証人会などを中心にこれまでに約千人の異端信者を救出してきた。同様の異端相談所が韓国全体で10か所あり協力している。「異端に入った人を救出できる相談所が必要。真理から迷い出た人をキリストのもとに取り戻す装置が必要なのです。東京にも開かれるのは感謝なこと」と述べた。
 日本キリスト教異端相談所は陳氏との太いパイプを通してバックアップを受け、在日韓国基督教総協議会とも連携する。
 日本福音同盟(JEA)の具志堅聖総主事は祝辞で、「韓国200万の異端信者の数は日本のクリスチャンの総数を上回る。韓国の教会の力がなくては闘えない。昨年JEAはCCKと宣教協約を結んだが、そこには異端問題で協力する必要もあった」と、韓国発の異端に対応できる相談所の日本開設に期待を表した。
 ▽日本キリスト教異端相談所=Tel.080・3216・3475。Email:jako0153@yahoo.co.jp
 

◎感謝とともに、新たな飛躍を−−オンヌリ教会日本語礼拝20周年=1011280601

 オンヌリ教会日本語礼拝部が創立20周年を迎え、10月9日(土)に記念のときを持ち、20年の歴史をまとめた記念誌『日本に向けられた神様の夢』が、参加者に贈呈された。同教会のハ・ヨンジョ主任牧師は、「日本宣教の働きの中心として、日本語礼拝部がしっかりと役割を担った」と挨拶。日本から、かつて働きを担った教職者たちや大川従道牧師などがお祝いに駆けつけた。20年の歩みについて、現在日本語礼拝担当教職者の金暎淑宣教師に話を聞いた。

 1990年に産声を上げた日本語礼拝部は、教会の近隣地区である東部二村に住む日本人のためのハングル講座から始まった。当時、ソウルに住む約3千500人の日本人の内、約80%が同地域に住み、そのほとんどが日本企業などの駐在員とその家族だった。 
 「オンヌリ教会のある長老の発案で、地域に住む日本人のための音楽会を実施したところ、なんと800人も集まった。こんなに集まるなら伝道しようと、ハングル講座を始めた。それが土曜学校、日本語礼拝へとつながりました」
 ハングル講座には、50人近くの日本人主婦が受講した。同年6月に子どもたちのための土曜学校、同年10月には三輪修男牧師を迎えて日本語礼拝を始めた。土曜学校は幼児対象「プチパップス」と小学生対象「パップスクラブ」の働きとして発展している。日曜午後2時から持たれている日本語礼拝には、現在、日本人約50人を含めて毎回200人が礼拝をささげている。
 05年には、増え続ける傾向にあった日韓国際結婚の母親と乳幼児のための「こひつじクラブ」も開設、文化の違いや育児で悩む母親たちを、祈りと交わりで支え続けている。
「これらのプログラムによって教会と地域の日本人との敷居が低くなり、キリスト教に対して良い印象を持つようになった」と金宣教師は話す。
 発足当時の土台を築いた張在潤氏(現・東京オンヌリ教会牧師)や、日本宣教に重荷を持つ『ベテル青年会』の存在も忘れられない。「ハ・ヨンジョ牧師をはじめ、日本に重荷を持つたくさんのオンヌリ教会に集う韓国人の献身的な働きとサポートがあってこそ」と、金宣教師も感謝の思いを強くする。

在韓日本人と日本に
仕える母体として
 「日本語礼拝部の出身者たちが、国内外で主の働き人として遣わされています。若い献身者を育て、送り出してきたことがよくわかります」
 日本各地で開催されたラブ・ソナタの会場で、かつて日本語礼拝に出席した人や教職者が準備過程や当日の運営を担っている姿を目にする。「ラブ・ソナタを通して韓国と日本の教会だけでなく、日本のクリスチャンも互いに手を取り合う姿を見ることが一番うれしい」と、金宣教師は目を細める。
 今後のビジョンについては、地域の日本人伝道という使命感に立つことを再確認しているところだ。協力牧師の高見澤栄子氏や、この10月から新たに日本語礼拝の働きを担うことになった福澤牧人氏などと力を合わせながら、主からゆだねられた責任に立ち続けるという決意だ。「駐在員の居住期間は、3年から5年。その間に洗礼まで受けて日本に帰り、教会につながっていくように支え続けたい」と願っている。
 1996年から日本語礼拝の働きに加わった夫の金サムエル牧師が、突然の病で04年に天に召された後、その遺志を引き継いで、日本語礼拝部の働きを陰で支えて来た。 「ほんとうは来年で引退の歳ですが、これからも地域の日本人に仕え、日本のビジョン教会を励ましたい。主が言われるなら、私も日本に行って働きます」とますます意気軒昂だ。
 在韓日本人と日本に仕える母体として、日本語礼拝部は新たな飛躍に向けた歴史を刻み始めている。
 

◎白鳥あかねさん(脚本家)−−生きるチカラ 映画のチカラ=1011281201



11月16日に川崎市文化賞を受賞した白鳥あかねさん
 2010年の川崎市文化賞には、スプリクターを経て脚本家となり55年間映画界の仕事に携わってきた白鳥あかねさん(JECA・柿生キリスト教会員)が受賞した。長年の映画界での働きと共に「KAWASAKIしんゆり映画祭」や川崎アートセンターの設立に尽力し、映像文化を通して地域振興と発展への貢献が認められてのこと。だが、ご当人は「なぜ選ばれたのか、本当のところ分からないのよ」と、気さくに自然体で受け止めている。
NPO法人KAWASAKIアーツ http://kawasakiarts.org/
「脇役物語」 http://jpnews.org/pc/modules/smartsection/item.php?itemid=91

スクリプターから
映画人生スタート
 早稲田大学を卒業した1955年(昭和30)に父親の知人、新藤兼人監督作品「狼」のスクリプター見習いにつき、同年、日活に入社したのが、映画界の仕事に携わるスタートだった。
 スクリプター。一般的には聞きなれない職種名だが、正式にはスクリプト・スーパーバイザーと言い、脚本に精通し監督の創作意図を俳優、スタッフ、撮影後の編集スタッフらに伝えながら調整していく「映画の工程管理人」的な要の仕事。
 脚本とキャスティングで、長編作初挑戦の緒方篤監督をサポートした最新作「脇役物語」が全国順次公開中。11月27日から「しんゆり映画祭」のホームグランドといえる川崎アートセンター内の映画館でも上映される。いまも現役の活き活きライフを過ごしていて、なんとも若々しい。
 今村昌平監督が横浜にあった日本映画学校を新百合ヶ丘に移転し、「オレのやりたいことを手伝え」と言われたのが「しんゆり映画祭」立ち上げのきっかけ。「当初は、ほとんど女性でしたけど映画好きな市民の方たちと映画学校の学生さんたちで始めたボランティア活動」というコミュニティシネマムーブメント。いまは、定年退職したシニア世代の参加者も増えて、上映作品のバラエティさなど質的な向上は、昨年より観客動員数も上回り、「今年のアンケートでは、88%の観客が満足とお答えくださった」。
 今年の映画祭のテーマ「生きるチカラ 映画のチカラ」には思い入れがある。「映画祭をいっしょにやってきた強力なボランティアの婦人が今年亡くなって、神様を信じていなければ私は立ち直れなかったのではないかと思うほどショックが大きかった。その方のことや、生きる力とは何かを思いながら出てきた言葉です。ふと観た映画が、生きる力になっていることってありますでしょう」。それは、白鳥さんと亡くなった婦人が共有していた、映画人生の総括のような一言でもあるのだろう。

息子夫婦と教会と
 柿生キリスト教会(山守博昭牧師)で受洗したのは、昨年の7月。「だから、ほやほやで、とても神様のことなどお話しできない(笑)」。むしろ「父はバリバリの唯物論者でしたから、私も『神頼みなんて卑怯だ』みたいな考えでいました」。その山守牧師との出会いは、近所同士の何気ない会釈。「お互い、何者か知らないでいたら、20年間米国に行ったきりだった(クリスチャンの)息子の信平が帰って来て、牧師さんだと分かったの」。仕事関係で渡米すると信平さんといっしょに教会へ行ったこともあり「オープンで親しい雰囲気はいいなと感じていた」。柿生教会に行った時も「誰でも受け入れてくれるのが教会のすごいところと思う。息子は早く受洗したらとは言いませんでしたし、山守先生も忍耐強くしつこいことは何もおっしゃらなかった。ここは、私にとって唯一心が安らぐ場所ですね」と、静かにそっと神を求めてこられたことを喜ぶ。
 「もう一つは、嫁のアカリのことはすごいと思った。私は昨年左ひざの大手術をしましたが、お医者さんの説明が終わるとアカリが急にお医者さんの手を握って『神様、先生のこの手をお守りください』と祈ったの。私も息子も唖然として、先生もびっくりされたと思うけれど、すっごくうれしかった。キリスト教に入る大きなきっかけではありましたね」
 半世紀を超えて厳しい映画業界を生きてきたその目は、地方映画祭や若手監督の発掘と援助、お嫁さんのことを語る時、本当に優しいまなざしになる。厳しさを知っている人の優しさは、心底人間が好きな思いからにじみ出てくるのだろうと教えられる。