[CSD]2009年12月27・27日号《ヘッドライン》

[CSD]2009年12月27・27日号《ヘッドライン》

 = 1面 ニュース=
◎クリスマス・メッセージ:初めの愛を思い出してみて——記・石川葉子
★暗い夜を照らす教会の光——築120年 日本基督教団高梁教会

 = 2 面 ニュース=
◎小沢民主党幹事長に排他的発言の真意質す——「一神教の魅力」も語る
◎12年ぶりに大法廷で「政教分離」弁論を開廷——北海道砂川市の神社に市有地提供を問う訴訟
★「殉国・殉教のない社会」めぐりシンポ——「キリシタン列福」でカトリック内に疑問
★<落ち穂>コラム「他山の石」の小畑進氏逝く

 = 3 面 ニュース=
★政権交代後の国会クリスマス晩餐会——与党も野党も祝キリスト降誕
◎イブに三浦綾子の童話を上演——町田クリスチャンセンターで戯曲「したきりすずめのクリスマス」
★NCC訪中団報告:信徒増え牧師不足深刻——「日中で神学生養成協力を」
★<オピニオン>神の国は近づいた 記・米内 宏明

 = 4・5 面 写真で見る回顧と展望 2009=
★賀川豊彦献身100年
★解雇でブラジル人集会に打撃
★韓国人留学生が地方宣教に協力
★宣教150年振り返り未来を展望した
★しゅろの葉パレード 教派超え一致協力
★ANRC 帰国者フォロー初の大会
★フィリピン豪雨 被害深刻
★カンタベリー大主教初来日
★「女の赤ちゃんを守れ」キャンペーン——インドの因習ダウリー廃止を
★宣教大会の主役は子ども
★横浜開国博覧会Y+150

 = 6・7 面 全面広告=
☆エジンバラ100周年記念 世界宣教東京大会——過去を祝い、未来を拓く
2010年5月11日(火)~14日(金) 会場:中野サンプラザ、なかのZERO
ホームページ http://tokyo2010.jpn.org/

 = 8 面 ビジネスパーソン=
★座談会:どう乗り切る?金融危機[上]——大島 誠氏、黒羽 徹氏、河本 次郎氏、篠末次郎氏

 = 9 面 全面広告=
☆名刺広告、教育、医療、福祉、企業など

 = 10 面 関西だより=
★ゴスペルで若者に夢を——ゴスペルシンガー&牧師エリオット・ジャクソン
★地域密着・信徒主体の伝道で成果——KBI実践神学シンポ「セルチャーチは日本の土壌に合うか?」
★イエス様の愛をプレゼント——大阪府民クリスマス
★子どもたちの元気なダンスも——阪神クリスマスフェスティバル
★トップディレクターが勢ぞろい——ワークショップ&コンサート

 = 11 面 クリスチャンライフ=
★<痛みに中に生きる>[若者編:総集編]聖書に基く労働観を青年たちに
★<痛みに中に生きる>[団塊編:総集編]夢、闘いの後再び教会に

 = 12 面 全面広告=
☆月刊デボーションガイド「manna」——2010年1月より通読開始!

==クリスマス特別合併号 第2部==
 = 13 面 =
★一番のプレゼントは「また来てくれること」——フィリピンへのギフト・プログラムを展開するNPOグローカル・ギフト・ネット

 = 14-16 面 回顧と展望/宣教150周年=
★日本プロテスタント宣教150周年大会——次の200年へ諸派が一つに
★日本宣教開始の年は——日本プロテスタント宣教はベッテルハイムから?
★すっとEZRA——日韓協力で青年宣教大会
★ウォーク・ウィズ・ジーザス——日本橋から三条大橋まで東海道を伝道行脚
★日本伝道会議——15のプロジェクトで継続的討議
★裁判員制度始まる——人を裁くことに参加する戸惑いも
★広がる薬物汚染——回復に取り組む教会も
★牧師の不祥事相次ぎ法廷へ——被害女性らが民事裁判提訴など
★カルヴァン生誕500年/賀川豊彦献身100年——歴史的信仰の遺産 再発見
★牧会支援——牧会塾開講に定員超える
★平和のゆくえ——政権交代に期待高まるが課題山積
★戦火のガザ地区からアピール——「敵非難より悔い改めを」と和解運動

 = 17面 全面広告=
☆名刺広告、教育、医療、福祉、企業など

 = 18・19 面 クリスマス・スペシャル=
★ケーキの幸せを子どもたちにも——ラブ・ケーキ・プロジェクト
★「私たちは命の道を選びます」——キャロリング・フォー・ピース

 = 19 面 クリスマス・スペシャル=
★「一人の子を助けたい」——津波被害のスリランカで続く支援
★懸命に生きる子どもたち——危険と隣り合わせのイラクで小児ガンも急増
★こぼれ話:婦人有志の力作大型リース

 = 20 面 牧会/神学/社会=
★日本人が作ったクリスマスソング:聖夜(作詞作曲/米田浩司)
★日本人が作ったクリスマスソング:キリスト賛歌(詩ピリピ2:6-9、作曲/内藤容子)
★日本人が作ったクリスマスソング:神の御手から(作詞作曲/高橋 泉)
★日本人が作ったクリスマスソング:マリヤの子守歌(作詞作曲/高橋 泉)
★<精神障害と教会>[66]幻聴幻覚(1)教会で病気のこと言えない?  記・向谷地 良生

 = 21 面 情報=
★<情報クリップ>催し情報・放送伝道ハイライトほか
★CD:「光あれ」ノア(ノアミュージック、アルバム「主は私の羊飼い」2,000円税込)net販売のみhttp://www.noah-music.tv/
★REVIEW:『出会いのものがたり』大塚野百合著(創元社、2,100円税込)

 = 22・23 面 読書特集=
★読者アンケートから:読者の声・編集者の声——キリスト教書籍のいま
★BOOK:『ノアものがたり』文=G・カヴィエゼル、絵=L・リゴ(ドン・ボスコ社、735円税込)
★BOOK:『乳がんだって生きていくあたし』クリバリユミコ著(いのちのことば社、1,365円税込)
★編集者の声:牧師による本のガイダンスがあってもいい——教文館・渡部 満さん
★編集者の声:キリスト教に興味もつしかけを——新教出版社・倉田夏樹さん
★編集者の声:素直に信仰伝えることを恐れずに
★BOOK:『日本人にもわかるキリスト教の人生訓』岩村信二著(教文館、1,470円税込)
★BOOK:『神学部とは何か』佐藤 優著(新教出版社、1,785円税込)
★BOOK:『マザー・テレサ 日々のことば』ジャヤ・チャリハ&ハワード・レ・ジョリー編(女子パウロ会、1,260円税込)

 = 24 面 人間ドキュメント=
◎「教会がほしい」在日同胞の声に応えて——知られざる日本宣教の記録 丁海連

◎クリスマス・メッセージ:初めの愛を思い出してみて−−記・石川葉子=0912200101

 処分される寸前の犬を引き取って6年近くになる。もう1歳半なのに、ケージから一度も出たことがない身の上にほだされた。初対面、尻尾には毛が一本もなかった。それがいまや堂々たる姿だ。散歩に行くとよく笑う。犬は笑うのだ。かわいいね、と声をかけられる。この犬の惨めな過去は消え去った。
 けれども、私は時々、あの虚ろだった犬の目を思い返す。冷蔵庫には連れて来た当時の写真を貼ってある。初めの愛を忘れないために。犬は本来、苦手だ。散歩も億劫だ。それが初めの愛を思い出す時、不思議なようにもう一度、愛しさがわく。写真に写る哀れな犬は、過去の私でもある。自分の姿をそこに重ねて、イエス様に引き取られた嬉しさを、もう一度思い出そうともしているのだ。

「花嫁」と「ぺちゃんこ」

 礼拝に集い始めて半年後、クリスマスに洗礼を受けた。聖書もキリストもほとんどわからないままで。ただ、すべてが過ぎ去り完全に新しくなった、とイエス様に言われて希望を与えられた。祝会では、握手と抱擁の嵐。まるで花嫁扱いだ。驚いた。本物のクリスマスがこんなにも嬉しいものだったとは。クリスマスに約束のない女子は失格だなんて世間に煽られる人生はおしまい。おめでとう恵まれた方。あなたは生まれ変わりました!
 3年後には牧師と結婚していた。自分が母教会の人達にしてもらったようにしたいという素朴な情熱だけを持っていた。愛情たっぷりのパピーウォーカーに育てられた盲導犬の心境だ。とは言え、なにせ経験ゼロ。すぐに挫折した。しかもその教会は古傷が深く、内も外も傷みきっていた。無牧となって空中分解寸前、夫が牧師館に移り住み、神学校に通いながら学びと会堂修理を続け、卒業。単身で牧会している中に私が飛び込んだわけだ。イエス様がまず取り組んだのは、私をぺちゃんこにすることだった。聖書的に言えば「自分に死ぬ」。短期間で古い自分を鉄くずのようにスクラップしたければ、牧師夫人になるのが近道だろう。

十字架を理解したとき

 母教会の初代牧師夫人からは「いのちを与えるのは御霊です。肉は何の益ももたらしません」というみことばを、結婚祝いに手渡された。やはり自分に死ぬことか。自分の言い分、やり方、考え方をいったん手放して、耳を澄ます。聖書は何と言っている? イエス様からは、恵みによって強くあれ、とも言われた。これが難しい。誰だって自分に執着する。口から出るのは後ろ向きな言葉ばかり。わからない、できない、と言う。自分はこういう人間だから、とも言う。神様の愛がわかりたい、みことば通りにやりたい、と言えば変わっていくのに。問題の核心を神様から指摘されそうになると、慌てて逃げ出す。所詮、私達はアダムとエバの末なのだ。
 イエス様、あなたには感謝していますが、この辺でクリスチャンを返上いたします、と言いたくなった。ところが牧師館暮らしの身、教会から逃げ出すわけにいかない。1年目には丈夫なパンジーすら育たなかった教会の花壇が、土を入れ替え、雑草をこまめに抜き、水をやるうちに、花咲く場所に変わった。私自身はついに枯れてしまい、なんと種になった。やがて小さな芽が出て、根も生えてきた。根が地下深く伸びれば、地上で雨風が多少強くとも、枯れることはない。十字架はネックレスの飾りではなく、私自身をすっぽり覆う大きな愛なのだとようやく理解した。

クリスマスの特権

 これからはイエス様に信頼します、と洗礼式で告白した人たちが、ある日突然いなくなる。身を切られるような辛さだ。危険信号はわかるから、祈り、励まし、手を尽くしても、そうなることがある。最初の喜び、そして告白は何だったのかと思うが、残された私達は希望を持って祈り続ける。その人が最初の愛に戻れるように。拙くてもイエス様に希望を持って新しく人生を始めてみようとしたあの気持ちを、私達は忘れてはならない。結婚生活も信仰も、その始まりの感激を思い返すことで、よい方向へと導かれる。
 教会は穏やかになった。みんなで仲良くクリスマスの飾り付けをする。でも、毎年のことだから当たり前にもなる。いや、ちょっと待って。本物のクリスマスをお祝いできる特権を思い出してみて。クリスマスは私達の信仰を点検する絶好の機会だ。私達にいのちを与えるためだけに生まれて下さったイエス様の誕生日が来ることを、本気で期待して喜んでいるかしら。そこが曖昧ならば、初めの愛に戻ろう、今すぐに。
 (記・いしかわ ようこ オープンバイブル・墨田聖書教会伝道師)

◎小沢民主党幹事長に“排他的”発言の真意質す−−「一神教の魅力」も語る=0912200201

 民主党の小沢一郎幹事長がキリスト教は「排他的で独善的」と述べたと報道されたことに対し、教会関係者に懸念が広がる中で12月7日、日本キリスト教協議会(NCC)の飯島信総幹事が民主党本部に小沢氏を訪ね、キリスト教への理解を求めた。日本カトリック司教協議会の代表らも同行した。会談は同党副幹事長、今野東参議院議員(日キ教団・仙台東一番丁教会員)の紹介で実現した。
 飯島氏がNCCの申し入れ書を手渡し、発言の真意を質すと、小沢氏は「宗教としてどうのこうの言ったわけではない」として、次のように説明した。「欧米と東洋の文明の違いがある。欧米はキリスト教の哲学、東洋は仏教の哲学が基本にある。仏教は人間の営みも大自然の営みの一つで、万物の霊長が最高位に位置するというのとは違う。良くいえば日本人は融通無碍で、神仏一緒になっている。いいところでもあり、欠点でもある。悪くいえばいい加減」
 キリスト教のいいところは何かと問われ、「宗教心、信仰心が篤い。人を信仰にひきつける、信仰心を涵養する力が強い」。さらに、絶対者を信じ従っていくという面について「そこが一神教の魅力だ」とも述べた。
 小沢氏が「キリスト教を背景とした欧米社会は行き詰まっている」と発言したと報じられたことに対し、カトリック代表の平林冬樹氏が、「ヨーロッパの文明が行き詰まったのはキリスト教の価値観を失ったからだと、ローマ教皇が言っている。それで物質文明だけになってしまった」と説明すると、小沢氏は「なるほど。それなら分かる」と応じ、「人間が万物の霊長というのがキリスト教の特質でも、それが支配したから行き詰まった」との考えを示した。
 最後に飯島氏は「神を愛し、隣人を愛しなさい」「敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」「右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」「7の70倍まで赦しなさい」との聖書の言葉を引用。キリスト教は愛の宗教だと理解を促し、「与党幹事長の言葉は大きな影響力を持つのだからよく注意して発言していただきたい」と釘を刺した。小沢氏は満面の笑顔と握手で応えた。日本聖書協会からスタディバイブルと聖句選集を贈呈すると、喜んで受け取ったという。小沢氏は聖書も仏典も読んだことはないと明かした。

◎12年ぶりに大法廷で「政教分離」弁論を開廷−−北海道砂川市の神社に市有地提供を問う訴訟=09122

 北海道砂川市にある2つの神社に市有地を提供し続けていることは、憲法の政教分離原則に反するか否かをめぐって地元住民と砂川市長の間で争われている砂川政教分離訴訟で、最高裁大法廷は12月2日、口頭弁論を開いた。政教分離訴訟で大法廷を開くのは97年の愛媛玉串料違憲訴訟以来。
 発端は市内在住の谷内榮さん(日キ教会・滝川教会員)が、市有地に空知太神社があり宗教行為が行われ、市長も参加していることに疑問をもったことから。谷内さんは戦前、天皇を現人神とする皇国教育を受け、国家神道を強要された体験をもつ。戦後クリスチャンになり、戦争体験と相まって信教の自由に熱い思いがある。
 同神社の境内にある空知太会館も同じく宗教行為がなされる副次的な施設の役割がある。さらに、富平神社も市有地にあった。これら宗教施設が市有地にあることを問題として、谷内さんは平和遺族会の知人で同市の高橋政義さんと共に、市長に公開質問状や監査請求を提出してきたが、満足のいく回答は得られなかった。そこで04年3月、高橋さんと共に空知太神社について市長を相手取って「財産管理を怠る事実の違法確認請求」を札幌地裁に提訴。富平神社は05年3月に市から地縁団体へ土地が無償譲与されたが、実質の町内会であり違憲だとして、05年6月に谷内さんが同様の請求を起こした。
 一審、二審は富平神社について宗教施設と認めながらも、「市の行為は宗教活動の援助・助長に当たらない」と控訴棄却。一方の空知太神社については、地裁で神社の宗教性を認め、市長側の「世俗、習俗化されたもの」という主張を退け違憲判決。市長が控訴した札幌高裁でも同様の理由で違憲判決を言い渡した。
 今年7月、市長は空知太神社に関する訴えを上告。谷内さんは9月に富平神社に関する訴えを上告した。77年の津地鎮祭最高裁判決で「国家と宗教の分離を理想」としつつ例外として適用した目的効果基準が、その後の政教分離訴訟では援用されてきたが、12月2日の口頭弁論で住民側は憲法20条と89条を根拠に、国家と宗教のいかなる結びつきも排除する厳格な政教分離を主張した。
 弁論後の報告会で、谷内さんは「砂川市民としてこのような違憲行為が続いていることに怒り心頭。戦前に戻る危惧を感じる。信教の自由をめぐる闘いだ」と力を込めた。弁護団からは、「これまで政教分離訴訟は、公的団体、行政から特定宗教への公金の流れを違法とする訴えだった。本件でも700万円をはるかに超える税金が使われている。加えて今回は、すでに市の所有地に建つ神社をめぐる裁判で希有な例。非常に注目される」と同訴訟の意義を述べた。
 判決は1月20日に言い渡される。

◎イブに三浦綾子の童話を上演−−町田クリスチャンセンターで戯曲「したきりすずめのクリスマス」=091

 作家三浦綾子さんが遺した戯曲「したきりすずめのクリスマス」を、東京・町田市の町田クリスチャンセンターがクリスマスイブの24日、「町田ファミリークリスマス」で上演する=写真は練習風景。
 原作は旭川市民クリスマス用にキリスト教を子どもにも分かる劇にして上演したいと頼まれて、三浦さんが81年に書き下ろした「珍版舌切雀」。誰でも知っている昔話を土台に、イエス・キリストを登場させ、正直者のおじいさんは報われ、欲張りのおばあさんはこらしめられるという勧善懲悪のお話を超えた、聖書的な人間の罪の本質への気づきが盛り込まれている。一見、民話のパロディかと思わされるが、物語のオチには他の三浦作品にも通じる深い人間理解と福音理解がにじむ。
 演出・脚本は同教会員で元テアトルエコー俳優の山本精二さんで、配役は教会員たち。クリスマスキャロルの演奏やゴスペルフラもあり、同教会の杉本智俊牧師がクリスマスのおはなしをする。山本さんは「民話が土台なので日本人には受け入れやすいと思う」とこの作品を選んだという。
 開演は夜7時から、会場は市内の町田市民フォーラム(シエロ)3Fホール。入場無料。問い合わせはTel.042・732・8341。

◎「教会がほしい」在日同胞の声に応えて−−知られざる日本宣教の記録 丁海連=0912202401

 東京・足立区関原—。住宅や商店が軒を連ねる下町の一角に、その「教会」はある。数年前に働きを閉じて以来無人となり、訪れる者は今、ほとんどいない。
 この足立恵教会を開拓した韓国人宣教師・丁海連は1979年、58歳で単身来日し、23年間、地域の人々への伝道に従事した。その働きは、日本ではほとんど知られていないが、これまで来日した多くの宣教師と同じく、彼女もまた、日本を愛し、小さき者に仕えた一人だった。(敬称略)

 海連は1921年1月11日、慶尚南道金海郡の、熱心なキリスト者である両親のもと、8人兄妹の6番目として生まれた。「神にも人にも真実でありなさい」。母親のこの教えは、海連に、生涯にわたって影響を及ぼしていくこととなる。
 父の死後、小学校卒業後3年を経て宣川にあるミッションスクール・保聖女学校へ入学。当時の朝鮮半島は、日本の強引な同化政策に対する反感が高まっており、海連が生まれる前の1919年には万歳事件(三・一独立運動)が勃発している。保聖女学校在学時、海連をはじめとする幾人かの生徒たちは、神社参拝問題に対して真っ向から反対の姿勢をとった。その時、生徒たちと共に声を上げたのが、教師・安利淑。後に、東京の国会で参拝反対のビラをまき、逮捕されたその人である。
 やがて放校された海連は、家族のほとんどが居住している兵庫県姫路市へと移り、日ノ本女学校に編入。1941年に卒業し、京都看護婦学校へ入学した。その後は空襲の危険にさらされながら、東京・麻布の日本赤十字社保健学校で学んだ。
 終戦間際、朝鮮半島に帰国。つかの間の1950年、朝鮮動乱が勃発した。このとき、宣教師でもあり、よき相談相手だった姉・海金を銃弾で失う。「当時は一日を生き抜くのが命がけだった。まるで生き地獄の中にいるようだった」と、海連は後に語っている。海金の遺志を継ぐ決心をした海連は、動乱が治まると高麗神学校へ入学。1954年に卒業し、韓国各地で開拓伝道、牧会に従事した。
 巨済島で牧会していたある日、日本へ出稼ぎに行っていたという女性と出会う。「先生、日本にも教会がほしかった。行きたくても、なかったのです」。その言葉を聞いた海連は、即座に日本へ行く決意を固めた。

 女性から聞いていた日本の地・足立区関原は、在日韓国人や日本へ出稼ぎに来た労働者が多く住んでいた。「必ず、教会をつくります」。海連は病院で看護師として働き、一から資金を貯め始めた。同時に、千葉・市川市国府台で日曜学校を開き、子どもたちに伝道した。これが縁となり、国府台国立病院精神科の患者たちと、聖書の勉強会をするようになる。
 ひとりコツコツと、地域伝道と教会設立の準備を続ける海連の存在は、次第に出稼ぎ労働者たちの心の支えとなっていった。1980年、戦後建てられたバラックの住宅を借り受け、ついに「足立恵教会」を設立。教会は、小さいながらも人々の祈りの場、憩いの場となった。海連は、「祈りの人」だった。地域の出稼ぎ労働者のため、精神病を患う患者のため、そして文通伝道を通して関わった死刑囚のため、常に神のことばをもって励まし、断食をして祈った。手紙のやりとりは二十数人に及び、悔い改めと心の平安を得た死刑囚も少なくない。
 80歳を過ぎた頃、次第に体調を崩し始めたが、帰国する気はなかった。後継者が育っていないことと、夢であった借家ではない教会の建設も果たせていなかった。白内障を抱えながら手紙は書き続けたが、信仰をもった死刑囚、交流のあった精神病の患者など、立て続けに「信友」を亡くした。寝込むことも増えた海連は、駆けつけた弟妹の説得もあって03年、ついに帰国を決意する。望まざる帰国であった。「しなければならないことがある」、「早くよくなって帰りたい」と言い続け祈りにくれたが、06年8月、ソウルの福祉施設で87歳の生涯を閉じた。

 多く知られることなく、神の僕として忠実に生きた海連。死後、その生涯を記録に残そうとの動きが、日本の関係者の間で持ち上がった。基金が設立され、生前交流のあった高橋道明氏を著者に、今夏、『一粒の麦として』(方丈舎)が出版された。出版委員会の関田寛雄氏(日本基督教団牧師)は言う。「独立独歩、キリストにおいて貧しい者の『ひとり』に出会い続けた丁師の働きは、『一粒の麦』として日本の地に播かれた『福音』そのもの」であったと。「世間的には殆ど知られないままに、全てを与え尽して召されて逝った丁師であるからこそ、…その生涯を多くの方々にキリストの証人として知って頂きたく思うのである」