映画「雨の日は会えない、晴れの日は君を想う」--システム社会に埋没した心の壊滅と再生
甘美なラブドラマを期待したくなりそうな詩的な邦題だが、その点は要注意。原題は破壊を意味する“Demolition”で、優秀な投資銀行マンが無感情になっていることに気づき、壊滅状態にある自分の心の再生をめざす物語。邦題は心の再生への一つの契機になる劇中のフレーズだが、ストーリー展開が心を再生するため破壊行為をヒートアップしていく印象が強いため邦題とのギャップに違和感を持たれる向きも多いと思う。一方で、原題と邦題の印象度が異なるほど複雑に絡み合った心理描写がスピーディーなストーリー展開で進展することも、現代のシステム社会に埋没すると心の壊滅を招きかねないというアラームを含んだ実存主義的な作品でもあるのだろう。
【あらすじ】
ウォールストリートの銀行マンとして出世コースに乗ったデイヴィス・ミッチェル(ジェイク・ギレンホール)は、努めている銀行の社長令嬢ジュリア(ヘザー・リンド)と結婚し富も地位も得て順風満帆な人生を送っている。ある日、妻が運転する車で銀行に向かう途中、衝突事故で妻だけが死亡した。
デイヴィス自身は葬式に参列できるほどほとんど無傷だった。だが、突然の事故で妻を失っても一滴の涙も出ず、悲しみの感情がわいてこないデイヴィスは、妻を本当に愛していたのか?と、壊れているのかもしれない自分の心を分析しようとする。義父のフィル・イーストマン社長(クリス・クーパー)が、自分の心のことで悩んでいるデイヴィスに、「心の修理も車の修理も同じことだ。まず隅々まで点検して、組み立て直すんだ」と答えたのをきっかけに調子の悪い冷蔵庫から始まり、しだいに会社の物まで解体し、やがて破壊行為へと発展する。
デイヴィスは、妻がなくなった夜、病院の自動販売機の故障について苦情の手紙を送っていた。顧客担当責任者のカレン・モレノ(ナオミ・ワッツ)が電話で対応した後、個人的に手紙を書き送ったのをきっかけに二人の心に補い合う感情が芽生えていく。カレンの一人息子クリス(ジューダ・ルイス)は自分のセクシャリティに問題を感じているが、気兼ねなく話せるデイヴィスに親しみを抱いていく。デイヴィスは、母子と心の交流が生まれたことを通して、自分が再出発するためには今の生活を打ち壊して真実の自分を見出すためジュリアと暮らした自宅をクリスと一緒に破壊する。
あらゆるものを破壊していくデイヴィスだが、ある日、妻が残したいくつものメモを見つけた。それらのメモから妻が秘密を持っていたかもしれないことに気づいていく…。
【みどころ・エピソード】
時流の先見性を見極め最大公約的なニーズと効率性を的確に読み感情におぼれずに判断実行していく投資バンカーののデイヴィスは、妻との関係もそこそこに仕事に埋没していたのだろう。妻が急死しても感情が動じなくなったことに自分とは何者なのか、その不気味な怖れはあらゆるものを破壊する行為によって素直な感情の叫びのようにも受け取れる。書き残されたメモによって、解体したあとの再生作業のように生前の妻との関係に関心を抱いていくデイヴィス。デイヴィス、妻ジュリア、カレンとクリスたちそれぞれの複雑な感情や価値観がしっかり描かれていることで、不条理な出来事の連続にも“絶望”という“死に至る病”を脱した“希望”への破壊を感じさせられる。だが、この希望への旅路がメルヘンチックな一つの帰着駅であるのは、自ら自律的に生きていくというデイヴィスらしい“再生”であって、デイヴィスがそれまで知らなかった大いなる存在者に“生かされて”ここに立つという世界観の発見ではない。彼は、もしかしたらまだ不条理な世界の中に迷子のままでいるのかもしれない。 【遠山清一】
監督:ジャン=マルク・ヴァレ 2015年/アメリカ/101分/映倫:PG12/原題:Demolition 配給:ファントム・フィルム 2017年2月18日(土)より新宿シネマカリテほか全国順次公開。
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