映画「息の跡」--町を襲った大津波の記憶を書き綴り“希望の種”を書き残すたね屋さん
いきなり始まる。街道沿いにポツンとプレハブ建てのたね屋さんが一軒。せっせと作業をしていた店主のおやじさんは、夜になると英語の自著を朗々と読み語る。このおじさん何者?。なんのために英語で…?。それらのことが分かるのに少し時間がかかるが、カメラ取りしているであろう小森監督に話しかける気安さについつい引き込まれ、耳を傾けていく。気仙地方の言葉使いで語られる東日本大震災での津波体験、たね屋が地元の成り立ちと生かされてきた知恵。教科書的な知識ではない、ここに人々が生きている、生かされていることの意味が、呼吸する息のようにこだましている。
【あらすじ】
岩手県陸前高田市。2011年3月11日の大津波に町はのみ込まれた。家屋が流され土木整備が行われている被災地の街道沿いに、プレハブ建てのたね屋さん「佐藤たね店」(種苗店)が一軒ポツンと立っている。店主の名は佐藤貞一さん。被災した翌年には、自宅兼店舗があった同じ場所に自力で井戸を掘りポンプを取り付け、ビニールハウスと店舗などを建てて営業を再開した。
佐藤さんは、自身の津波体験や町で一緒に暮らしていた人たちのことどもを英語で書き綴り自費出版している。タイトルは「The Seed of Hope in the Heart」(心に希望の種を)、書き足しつづり続けて第4版が出来上がったばかり。英語は、震災後に独学で勉強を始めた。店じまいした後、第4版を英語朗読するが、講談調の節回しというか、悲惨な事実と思い出なのにどこかほほえましく、ときには朗誦の祈りのようにも聞こえてくる。日々の出来事で何かを発見し出会いがあれば「第5版に書き残さねば」と意欲は尽きない。
「めんどくせぇ」と言いながら、なぜ英語版なのか。「日本語だといらないことまで書く。中国語だとまためんどくせぇ」と、中国語版やスペイン語版も独学で勉強しながら書き綴っている。日本語での自費出版となれば、日本にしか体験記は残らない。佐藤さんは、主語が明確で直截的な文章構造を持つ外国語で記録を残し、関心を持ってくれたどこかのだれかに伝えようとしている。自身の被災体験にとどまらず、そこで共に生きていた人たちのこと、その土地の地勢や歴史の物語までも記録にとどめ書き綴り、語り継ぐ…。
【みどころ・エピソード】
後半になって佐藤さんが記録を書き残している心情を吐露している。「何もかも津波で壊滅してしまって呆然と人は残る。そのとき人はどうしなくちゃいけないのかってなると、まずは心に希望の種を。故郷の町に復興の種を。そして被災地に幸せの種をまく。これはたね屋の念仏だ。…だからバイブルでもあるんだね。生き残った人のバイブルとしても書いているんだ」と。ノアは洪水の後に神からの契約を受け、しるしとして希望の虹を見た。種苗は芽を出すまで長く土の中に在って人の目につかない。「心に希望の種を」と自分にできることをして懸命に生きる知恵を応援歌のように書き残しているこの種苗が、どのような花を咲かせ実を生らせるのか、隣りのだれかに手渡し、ともに水を注ぎながら待ち望みたい。 【遠山清一】
監督:小森はるか 2016年/日本/93分/ドキュメンタリー/英題:trace of breath 配給:東風 2017年2月18日(土)よりポレポレ東中野にてロードショーほか全国順次公開。
公式サイト http://ikinoato.com
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