300人いた漁師たちが150人に半減していく中、水谷隆行さんは先輩漁師たちを敬愛しながら自らも24年漁師を続け、ハマグリ・シジミ漁の創意工夫を重ねている。 ©東海テレビ
300人いた漁師たちが150人に半減していく中、水谷隆行さんは先輩漁師たちを敬愛しながら自らも24年漁師を続け、ハマグリ・シジミ漁の創意工夫を重ねている。 ©東海テレビ

1950―60年代、戦後日本の経済復興と高度成長を目指す中で、水俣病、新潟水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜん息などに代表される公害病と環境汚染の問題が大きな社会問題として取り上げられてきた。それでも国は、政策で方針が決定した米作りのための干拓、工業地域への水資源供給のための河川事業などを推進する。白砂星霜の浜辺に巨大コンビナートが造成された四日市に近い長良川河口。その治水と水利用のために造られた長良川河口堰に翻弄される住民の’生き抜く’ド根性が、人間の知恵と心根をとおして静かに熱く描かれている。

中流域は日本三大清流に一つに数えられた、水資源と魚貝収穫の豊富な河川だった。だが、1970年から四日市石油コンビナートが塩浜、午起、霞ヶ浦の各地区を埋め立て建設され、やがて公害問題が起き長良川河口の自然環境を壊していく。ぜん息、そして「獲れた魚が油くさい」という風評に廃業・転業していく漁師たち。

ハマグリの宝庫といわれた木曽川河口の木曾岬干拓が直行されたのも1970年。同じ伊勢湾に面するこの干拓は、農地拡張事業として始められたが三重県と愛知県の境界問題などが難航し、土地化が完了しても活用されず空き地状態のまま時が経過した。この公共事業により、赤須賀の干潟も潰されていった。71年には年間3,000トンの水揚げがあった貝の漁獲量が、目に見えて急減し95年には1トンを割り込んだ。赤須賀漁協では、干拓工事が開始されると、自ら貝の養殖事業の研究を始めるが、思うようには進まなかった。

追い打ちをかけるように起きた長良川河口堰事業計画。中京地域への水資源供給が目的だった。さすがにハマグリ・シジミを獲る漁協や自然保護団体の多くが大規模に反対運動を起こした。だが、公共事業と地域開発の美名と補償金などで次々に折れていく漁協。最後まで赤須賀漁協だけが抵抗していたが、集中する避難と中傷揶揄の中で、ついには88年に合意せざるを得ない所にまで追い詰められた。河口堰より上流の貝は全滅。川底はヘドロが積もり貝が生息でき状態ではなくなった。

赤須賀のハマグリが木曾岬干拓工事で死滅していくとき、秋田組合長らは自力でハマグリ養殖に取り組んだ。 ©東海テレビ
赤須賀のハマグリが木曾岬干拓工事で死滅していくとき、秋田組合長らは自力でハマグリ養殖に取り組んだ。 ©東海テレビ

長良川河口堰の公共事業の経過と環境破壊の実態を、ドキュメンタリーの実証的な手法で丁寧に追っている。だがそこだけにとどまらない。当初から河口堰に反対し続けている赤須賀漁協の秋田清音(あきた・すずね)組合長の生き様にスポットを当て、秋田組合長や関わり合いそこに生きる人たちを通して、策定した目標遂行のためには人間の生活のことは顧みない公共事業の現実をつまびらかにしていく。

強く反対している意志は変わらないが、国や県の行政官たちと口を利かないというような頑固さではない。きちんと交渉し、同意する条件として人工干潟を国に作らせる。そこに何年も放流してきたハマグリがわいてきた。少しづつ増えていく貝の漁獲量。この数年に20代から30代の若い人たちが10人以上漁協に戻ってくるようになっている。苦労し守ってきた貝の漁場。そのド根性に響くように戻ってくる若い世代。

だが、2010年の県知事選では、環境問題に着目し長良川河口堰の開門調査を公約した木村秀章候補。水が必要だと言って反対運動を押し切り、河口を堰き止めたが予定目標の16%しか利用していない現実。今度は環境に悪影響だと言って堰きを開門しようという。その影響は、きちんと考えられずに進めようとする行政と民意の声。秋田組合長が「正直、ほっといてくれやわ!」と吐露する悔しい胸の内が伝わってくる。

聖書には「地のすべての人々は、神が彼の心に授けられた知恵を聞こうとして、ソロモンの顔を求めるのであった。」(列王記第一10:24)と、ソロモン王が教える生きる知恵を求める姿が記されている。知識のある人は多くいる。その知識の使いようによっては、多くの人々に多大の苦労を掛けることを公共事業の記録と現実は教えている。そして、生きとし生きるものは、育てられたその土地と人々とのつながり、循環する自然のいのちを食しているいく。その畏敬から育まれた知恵は、いのちのつながりを繋げていく。 【遠山清一】

監督:阿武野勝彦 2012年/日本/80分 配給:東海テレビ 2012年11月10日(土)よりポレポレ東中野、名古屋シネマテークほか全国順次公開

公式サイト:http://www.nagaragawadokonjo.jp