映画「ゲノム ハザード ある天才科学者の5日間」――“記憶”はアイデンティティなのだ
自分がどういう国に生まれ育ち、何を生きがいとし、一人の女性を妻として家庭を築いているか。そういう自分の存在の確かさ、アイデンティティーが自分の記憶や意識から消えゆく状況に陥ったら。いや、記憶が薄れるだけでなく、全く別人の記憶や意識が現れてくる…。自分はいったい何者なのかという不安と恐怖。司城志朗の原作を韓国のキム・ソンス監督が韓国と日本に関わる設定に脚色し、複雑なストーリー展開と西島秀俊が好演する’自分探し’への迷宮へと観る者を同化させていく見応えのあるサスペンス。
デザイン会社に勤める石神武人(西島秀俊)が帰宅すると、何本ものロウソクが灯るリビングに女性の死体が横たわっている。妻・美由紀(真木よう子)の名前を呼ぶが返事はない。すると、電話が鳴り、美由紀の声で「今、実家に帰っている」という。戸惑い気が動転しているところに玄関のチャイムが鳴る。警察官を名乗る2人の男は、理由も言わず「署まで同行してほしい」と迫る。
同乗させられた男たちの車からどうにか逃げ出した石神。途中、韓国から来た女性記者キム・ヒョジン(カン・ジウォン)と知り合い手助けを受ける。やがて石神自身、日ジョンに韓国語で突然答えたり、妻の実家に行くと別人の家であったり都、自分の言動にも混乱が生じるようになり、困惑する。行きがかりで石神の身辺調査をしていたヒョジンは、石神が以前勤めていた会社の写真の人物と、いまの石神が全くの別人であることを突き止める。
石神自身、時間が進むにつれて石神の記憶が薄れていき、まったく別人の韓国人ウィルス研究者オ・ジヌの人格と記憶が次第に鮮明になってくる。石神の記憶はまったく消えてしまうのか? しつこく自分を追ってくる警察官を名乗った2人の男たちは、石神を追っているのか、オ・ジヌを追っているのか? 石神の自宅で死んでいた女性は誰なのか…。
ゲノムと聞くと、生殖細胞に含まれる染色体もしくは遺伝子全体をイメージしやすいが、本作では遺伝子の中から’記憶’という人格的な部分を、どう他者の’記憶’に移していくかを物語っていく。
細胞に上書きされた他者の’記憶’。それは、肉体は自分であっても意識、人格は他者。その上書きされた記憶は、いつまでも上書きされたままなのか?、薄れゆくものなのか?、薄れゆくならば、本来の自分の記憶は甦ってくるのか。’記憶’というアイデンティティを操作されたり、失われたときの恐怖を突きつけている。
「記憶が失われても、思い出はどこかの残っているという」とのジヌの一言に、科学で消し去られてたまるもんかという思いに共感させられる。 【遠山清一】
脚本・監督:キム・ソンス 2013年/韓国=日本/120分/映倫:G/ 配給:アスミック・エース 2014年1月24日(金)よりTOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー。
公式サイト:http://genomehazard.asmik-ace.co.jp/
Facebook:https://www.facebook.com/genomehazard/