認知症のことが、まだ一般的に’ボケ”痴呆’と呼ばれていた30年前。家族のなかでの老々介護、病苦から安楽死での解放を願う患者と家族という重いテーマを正面からリアルに描いていたことで’お蔵入り’になっていた作品。主演の三國連太郎が、前歯を抜いて80代半ばの老人を主演し、難病に罹る妻トミ役の初井言榮はじめ脇を支える名優たちも思いが一つになったような熱演。30年ぶりに実現する一般公開は、家族と介護という普遍的な問題に戸惑いながら対処していく一つの姿を描いている。

1984年春。夜明けの親不知海岸を失禁したまま徘徊する元漁師の安田源吾(三國連太郎)。海岸にへたり込むと男の子の名前を呼び「早く帰ってこい」と叫ぶ。認知症で現実と失われゆく記憶の間を彷徨っている。朝食、食べこぼしながら何杯もお代わりをする。嫁のみつ(長山藍子)は、源吾の身体を心配し止めようとするが、源吾をかばう妻のトミ(初井言榮)と、仕方ないという態度の長男・忠雄(田村高廣)を前にしてなす術もない。

海へ漁に出る忠雄、山にあるわずかな畑はみつが耕している。娘の信子はまだ高校生。家族の名前さえ忘れかける源蔵の介護は、まだ身体の動くトミが面倒を見ている。だが、町を徘徊し、台所をトイレと思い込む源吾の症状に、家族の負担は次第に大きく重くなっていく。

ある日、7年ぶりに次男の弘(誠 直也)が帰ってきた。妻と息子を乗せた源吾の操る漁船が時化(しけ)に遭い、二人を亡くしたことで父・源吾を恨んでいる。だが、都会での勤めを辞めてきた様子で、しばらく居候するという。それから程無く、源蔵と畦道を散歩していたトミが倒れて病院に担ぎ込まれた。忠雄が医師から聞いた診断は、原因不明の筋萎縮症で余命は半年から1年くらいだろうという。

トミにも家族にも「肝臓が悪い」と告げ、トミの余命を隠し続ける忠雄。だが日増しに筋力が衰えていき呼吸さえ苦しくなるトミは、忠雄に「楽にしてくれ」と安楽死できるよう懇願する。だが、悩む忠雄を見て、何より気がかりな認知症の夫を遺して逝けないと無理心中を図るのだが。

バブル時代間近の1980年代半ば、大都会は核家族が進んでいた。家族3世代が同居する新潟の港町の地域設定だが、半農半漁の忙しい家族構成、都会に馴染めない次男と父親との確執。巧みな物語の構成と展開は、重い認知症と病苦から逃れたい一心での安楽死という思いテーマ性だけでなく、老々介護の切実さという今日的課題をも垣間見せている。

2013年に逝去した三國連太郎が、当時60代半ばで抜歯し20歳も老けるメイクアップを施して臨んだ迫真の演技。初井言榮、田村高廣、高橋悦史ら名優と謳われた共演者らも他界している。いわば役者魂を賭けて作り上げらえたこの作品は、孤立化していく現在の老齢社会に、義務だけではない’家族愛’という絆の大切さを想い起させる。当時の興行的価値では’お蔵入り’相当だったのだろう。自主上映にかけられた当時のスピリットが、今回の一般上映によみがえらせた映画の力を素直に歓迎したい。 【遠山清一】

監督:島 宏 1984年/日本/134分 配給:アークエンタテインメント 2014年5月3日(土)より丸の内TOEIほか全国順次公開。
公式サイト:http://k-tg.net
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