プロデューサー沢田(左)は友人としてベー・チェチョルの治療とリハビリに支援し続ける。 © 2014 BY MORE IN GROUP & SOCIAL CAPITAL PRODUCTION & VOICE FACTORY. ALL RIGHTS RESERVED.

リリコ・スピント(抒情的で輝かしく強靭な声質)のテナー歌手ベー・チェチョルは、ヨーロッパの大劇場でオペラの主役を演じ、’アジアの至宝’とも評されていた。栄光への階段を上っていた2005年、甲状腺がんの手術で声を失い、絶望の淵へ…。その復活への道は、NHK-BS「プレミアム10」など日本のテレビ局各社の番組やさまざまなメディアでも紹介された。本作には、その事実に秘められた’奇跡’ともいえる真実が描かれている。

2003年9月、ベー・チェチョル(ユ・ジテ)は、東京・オーチャードホールでヴェルディのオペラ「イル・トロヴァトーレ」でマンリーコを演じている。音楽プロモーターの沢田幸司(伊勢谷友介)は、その声に衝撃と感動に突き動かされた。

沢田が企画した日本での公演に出演したチェチョル。2人は、仕事の関係を超えた友情を互いに感じ取っていた。2005年、オペラ公演を前にしてチェチョルは甲状腺がんに罹り、声を失う。

奈落の底に落ちたような絶望感。チェチョルとユニ(チャ・イェリョン)夫妻を友人として沢田は出来る限りの支援を惜しずに励ます。絶望の谷を歩みながらも、チェチョルは再び声楽家として復帰する希望をあきらめない。

沢田は、日本に声帯の機能回復手術の世界的権威を持つ医師がいるのを知り、チェチョルも望みを託して手術を受けた。それからのチェチョルは、血のにじむようなリハビリを続ける。オペラ歌手としてひとつの頂に上ったチェチョルにとってはまだ不十分なレベルに思われた。だが沢田は、チェチョルのために日本での復帰コンサートを企画して背中を押すのだが…。

オペラ歌手として栄光への階段を上りつつあったベー・チェチョルだが… © 2014 BY MORE IN GROUP & SOCIAL CAPITAL PRODUCTION & VOICE FACTORY. ALL RIGHTS RESERVED.

人間が声を出すためには、「3つの神経が必要です。声帯を中心に持ってくる神経、声帯の緊張度を調整する神経、肺に空気を送る横隔膜の神経。ベーさんは、その3つが切れてしまいました。手術によって声は出せても、彼が再び歌手として歌えるようになるなど、到底不可能だと思っていました」と、回復手術を施術した一色信彦京都大学名誉教授はある所で述べている。本編でも、その深刻さが丁寧に触れられていて、施術直後に病室で歌われた「輝く日を仰ぐとき」のチェチョル本人の歌声は、何ともやわらかな温もりをもって心に響いてくる。

チェチョルと沢田の国籍やビジネスを超えた友情を骨格につづられていくヒューマンドラマだが、オープニングで歌われるプッチーニ作曲「誰も寝てはならぬ」はじめ「トロヴァトーレ」をメインに「オテロ」「リゴレット」「アルルの女」など歌劇の楽曲が多く挿入されていて、音楽映画としても作品の質を高めている。

本編でのベー・チェチョル本人の歌声は、復活というよりも、新しい声に生まれ変わったようだ。新しく与えられた声は、聴く人の心に届く歌を歌う歩みを感じさせられる。 【遠山清一

監督・脚本:キム・サンマン 2014年/日本=韓国/121分/日本語、韓国語、英語/英題:The Tenor Lirico Spinto 配給:「ザ・テノール 真実の物語」プロジェクト 2014年10月11日(土)より全国順次公開。
公式サイト:http://the-tenor.com
Facebook:https://www.facebook.com/thetenorjp/

2014年第19回釜山国際映画祭パノラマ部門正式出品、第17回上海国際映画祭スペクトラム部門出品作品。