【書籍で振り返る3・11④】『フクシマのあの日・あの時を語る 石ころの叫び』『子どものいのちを守りたい 「子ども保養プロジェクト」の願い』
東日本大震災から10年を迎えます。この災害を教会、個人はどのように迎え、痛みを覚え、祈り、考え、行動したか。
いのちのことば社で刊行された手記について、クリスチャン新聞の当時の記事から振り返ります。
東日本大震災から2年が経っても復興が進まず、地震、津波に加え放射能の恐怖とも向き合う福島の人たち。福島の震災後の体験を綴った現地の牧師、牧師夫人たちによる『フクシマのあの日・あの時を語る』、子ども保養プロジェクトの働きを通じて、放射能と向き合わざるを得ない親子に寄り添ってきた著者による『子どものいのちを守りたい』がいのちのことば社から出版された。
『フクシマのあの日・あの時を語る』は震災体験を風化させてはいけないと、福島で牧会する牧師、牧師夫人16人が震災後の混乱、様々な情報に翻弄された経験、今の福島の状況を赤裸々に綴る。
特に福島が抱える問題は「分断」だ。越山健三氏(聖公会・小名浜聖テモテ教会牧師)は、「あれほど多くの人に親しまれたその絆も、今は分断されつつあります。すべてが放射能が巻き起こしたものであり、どうしてよいか分からない闇が作る作業です」と語る。久場祥子氏(保守バプ・北信カルバリー教会牧師夫人)は「空気を吸うところから、物を食べるところから、二十四時間生きることが闘いであり、生活すべてにストレスを強いられてきた」と言う。
編集責任者の住吉英治氏(同盟基督・勿来キリスト教会牧師)の言葉が重く響く。「福島を忘れないでいただきたいのです。忘れ去られることが一番怖いのです」
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「原発事故後、自然の木の実や葉っぱなどを使った製作が授業から消えました」、 「毎日、雨や風が気になり、子どもたちが帰ってくると、風呂場に連れていき、全部着替えさせ、何回も洗濯する毎日。もう疲れて、何をする気もなくなりました」、「きれいな花や緑の葉っぱを見ても、不安で子どもに触らせたくない」。
『子どものいのちを守りたい』の中に登場する福島の母親の言葉だ。著者の中島恭子さんは「原発の問題は『子ども』と『女性』を抜きに考えられない」と語る。そして、「決して福島の子どもたちだけの問題ではない」とも問いかける。「福島の子どもたちのことを考えることは、日本の子どもたちや世界の子どもたちのこと、そして、私たちのすぐそばにいる子どもたちのことを考えることです」
『フクシマのあの日・あの時を語る 石ころの叫び』
福島県キリスト教連絡会編
発売日:2013/03/11
『子どものいのちを守りたい 「子ども保養プロジェクト」の願い』
中島恭子著
発売日:2013/03/25