東日本大震災から10年を迎えます。この災害を教会、個人はどのように迎え、痛みを覚え、祈り、考え、行動したか。

いのちのことば社で刊行された手記について、クリスチャン新聞の当時の記事から振り返ります。

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目には見えないけれど、私たちを分断している「境界」。東日本大震災の被災地においても様々な形で存在しています。地理的境界(内陸部と沿岸部)、格差による境界(注目されている被災地とそうでない被災地)、言葉の境界(標準語と地元の言葉)、立場・考え方の境界(放射能問題)等々…。

この本には、「そのような境界があることを自覚し、受容したり、乗り越えたりする」佐々木真輝先生(著者)の歩みが記されています。震災後、3・11いわて教会ネットワークの中心メンバーの一人として、行動し、考え、決断してこられた先生の「スピリチュアルジャーニー」です。佐々木先生のお人柄や生き方に触れることができ、岩手県や東北地方において篤い信頼を受けていることをさすがにと、頷かされます。

「負の面」を正直に書くことを自らに課した先生の鋭い洞察が、この本にさらなる深みを加えています。特に第5章の「光と影」では、「ボランティアの達成感と、現地の方々との感覚のズレ」、「一発逆転を狙う働き人」、「長い祈りや説教が与えたつまずき」、「多額の支援金の誘惑」、「教会同士のなわばり意識」などが語られ、福島県で支援活動に携わる私も、呻きつつ読みました。

またご自身についても、「まさに私たちが自ら痛みと傷を抱える者であり、神の慰めと望みに癒され、励まされながら働きを続けている者であることを自覚させられました」と告白され、実は「弱さ」を抱えながら歩む姿の中にこそ、人と関わる上で最も大切なものがあることを私たちに気付かせてくれます。

一番身近にいる奥様や娘さんを最も大切にし、支援活動を共にする仲間と真実な交わりを保ちつつ、苦しんでいる被災者の方々との関わりを続けている佐々木先生の歩み。その背後に、「境界」の向こう側から私たちの世界に来られ、「境界」の中に私たちを招き入れられた主イエス・キリストのお姿を見ることができるのです。
(評・高橋拓男=ミッション東北会津聖書教会伝道師)

2014年10月26日号から

『「境界」、その先へ 支援の現場で見えてきたもの』
佐々木真輝
発売日:2014/08/28

 

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