パンジ病院内であいさつを交わすデニ・ムクウェゲ医師(右) (C)TBSテレビ

3月8日は、国連記念日の「国際女性デー」。アイルランド共和国初の女性大統領メアリー・ロビンソン(在任1990~97年)は、国連人権高等弁務官を務めていた2000年に「国際女性デー」は、「女性が権利の獲得に向けたこれまでの歩みを祝うと同時に、女性被害者は、いまだに跡を絶たないことを想起する日」であると言明する文書を発表した。

ジェンダーの平等と互いを尊敬しあう概念が世界に広がりつつある。だが、一方で今もなお「女性にとって世界最悪の場所」と呼ばれている地域がある。アフリカ・コンゴ民主共和国の東部ブカブ。この地域では20年間以上にわたって40万人以上の女性たちがレイプの被害を受け続けている。殺戮と“性暴力”被害に苦しむ被害女性たちの多くを無償で治療している婦人科医師デニ・ムクウェゲさん。彼の病院に運びこまれてくる被害女性たちは年間で2千500~3千人。被害女性たちの治療とケアに尽力し、性暴力の根絶を世界に訴え続けるムクウェゲさんは’18年にノーベル平和賞を受賞した。武装勢力は“性暴力”を銃や弾薬のいらない“武器”として勢力を拡張している実態を伝え、性暴力の根絶を訴えるドキュメンタリー。

“性暴力”を武器にして利権
強化する武装勢力との闘い

80%がキリスト教徒の国と言われるコンゴ。ペンテコステ派牧師を父に持つムクウェゲさんは、父が祈る人であるなら自分は薬を配る人になろうと医師を目指した。婦人科医師になったのは女性の安産を願ってだったが、赴任した病院で最初に運ばれてきたのはレイプ被害の女性だった。ひっきりなしに運ばれてくる被害女性たち。ムクウェゲさんは、この地域でのレイプ被害が性欲からではなく、村人たちを殺戮し、レイプを繰り返すことで恐怖を与え続けるための組織的暴力だと認識する。レアメタル、錫など豊かな鉱物資源の利権維持と勢力拡張をねらう武力勢力とムクウェゲさんは真っ向から闘うことを決意し、実態を世界に訴え続けた。

被害女性たちがインタビューに応えて凄まじい殺戮と性暴力の実態が語られる。押し入ってきた武装勢力に父母や夫を射殺した後でレイプされた娘たち。武装勢力の村に連れ去られ毎日のように数年間レイプされ続け、妊娠していることが分かると山中の道端に置き去りにされた女性。彼女たちの心の奥底には言いようのない恐怖が宿り家の外を他人が通る気配を感じる度に恐怖に襲われるという。ムクウェゲさんは、撃たれたり、暴行によって壊された内臓や膣を手術して修復に努めるが、最もつらかった治療は生後6か月のレイプされた赤ちゃんだという。

パンジ病院内のテラスで祈る女性たち (C)TBSテレビ

取材は、かつて武装勢力の兵士として性暴力を行なっていた男にも向けられる。彼は学校に通っていて教師になることを目指していたが、武装勢力に連れ去られ兵士にされた。200人はレイプし11人殺したという。そうしなければ彼自身、自分を守ることができなかった。グループのリーダーが死んだのを機に逃げ出して、別の村で結婚して家族を築いている。彼自身、被害者の一面も感じさせられるが、ムクウェゲさんは、レイプ犯の処罰は厳正になされるべきだと政府の怠惰な姿勢を糾弾する。武装勢力の兵士や性暴力を犯した者が逮捕され懲役刑になっても、刑務所の官吏に金銭を渡せば数か月で釈放されてしまう。

コンゴの豊かな鉱物資源の利権を殺戮と性暴力を武器にして勢力を保ち、非合法に売りさばいて利益をむさぼる武装勢力。その実態と被害女性たちを治療し生活の術を教えて立ち直る手助けをして女性の人権を守ろうとするムクウェゲさんは結果として命を狙われる。1996年、医師兼院長を務めていた病院が襲撃され患者と病院スタッフが数名殺された。病院にいなかったため難を免れたが、患者や仲間たちが被害を受けて、ムクウェゲさんは一時外国へ逃れた。だが、何の力も武器も持たない被害女性たちから届く「帰ってきてほしい」という願いと、彼女たちの決意の一言がムクウェゲさんの心を再び立ち上がらせた。

最先端機器で繋がって
いる日本とコンゴの実情

1999年に、ブカブに小規模ながらパンジ病院を立ち上げる。2004年にも武装勢力の襲撃を受けるが、その時も外出中だった。跡を絶たないレイプ被害者に、「その根源を絶ち切らない限り、コンゴの女性たちに平和は訪れない」と覚悟し本格的にコンゴでの組織的性暴力を国際社会に訴える。国際社会からの注目が増せば、ムクウェゲさんへの反感と襲撃も起こる。家族と共に一時亡命した時期もあったが、13年に戻ってパンジ病院の敷地に住み、18年にノーベル平和賞を受賞したのちも国連平和維持活動(PKO)部隊の保護下にあって活動を続けている。

コンゴの東部ブカブの位置。この地域の武装勢力は、ルワンダ難民に紛れて流入した組織の残党に起因する。 (C)TBSテレビ

ムクウェゲさんは’16年に大学などでの講演に招かれ来日している。武装勢力から流出したコンゴの鉱物資源が、日本のスマートフォンなど先端機器にも使われているかもしれない。安価に供出している武装勢力の資金源でもある。スマホの利便性を享受しているなら、コンゴで悲惨な状況に置かれている“性暴力”の実態にも目を向け、知ってほしいと訴えるムクウェゲさん。本作には被害女性たちの証言とともに授産指導や看護婦を目指す希望を抱かせる活動も紹介されている。病院のテラスで夕日を浴びながら祈る被害女性たちの姿は、ミレーの「晩鐘」とは趣の異なる美しさがある。様々な哀しみや心身の苦痛を乗り越え、生きる希望を得ようとする静かな力が感じられて心を動かされる。【遠山清一】

監督:立山芽以子 2021年/75分/日本/日本語・フランス語・英語/映倫:G/ドキュメンタリー/ 配給:アーク・フィルムズ 2022年3月4日[金]より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開。
公式webサイト http://mukwege-movie.arc-films.co.jp
公式Twitter https://twitter.com/mukwege_movie

*AWARD*
2021年:早稲田大学「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」“草の根民主主義部門”大賞受賞。