部落問題に取り組むキリスト教連帯会議(部キ連)の総会記念講演会が、5月15日に大阪市生野区の在日韓国基督教会館で開かれた。講師は京都大学名誉教授の水野直樹氏。「植民地朝鮮における衡平運動~衡平社(ヒョンピョンサ)創立100周年を迎えて」と題して講演した。

衡平社は朝鮮半島の被差別民、白丁(ペクチョン)への差別撤廃を目的として1923年に組織された社会運動団体だ。衡平運動は韓国で最初の人権運動として位置づけられている。前年に日本で設立された全国水平社と交流して運動を展開した時期もある。

白丁とは主にと畜業、食肉販売、皮革業、柳細工を営む人たちを指し、当時と畜や皮革生産への偏見によって「卑しい職業」として差別されていた。

19世紀後半に開国した朝鮮は、近代世界に参入し、政策上身分制度を撤廃したが、新戸籍には職業が明記された。白丁とされる人たちは当時南部に集中しており、20年代で約10万人と推定される。

衡平運動は19世紀末、近代思想の流入と共に人権意識が高まり、平等を求める考え方が広まっていく中で生まれた。キリスト教も同時期に広まる。1909年に朝鮮南部晋州の教会で一般信徒が白丁との同席を拒む事件があった。オーストラリアの宣教師の説得で同席礼拝を受け入れたというこの出来事は、今も語り継がれているという。

平等思想の高まりを推進した背景には、キリスト教の拡大や19年の三一独立運動がある。同年上海で結成された大韓民国臨時政府は、臨時憲章に、国民は平等であることをもり込んだ。このような流れを受けて、23年衡平社が組織された。日本の水平社の運動の影響もあったと言われている。

衡平社が掲げた趣旨には「衡平は社会の根本、愛情は人類の本領」とある。「侮辱的称号(白丁)を廃止し、教育を奨励する。我らも真の人間になる。我らも朝鮮二千万の民族の中で、平等の地位を持つべき者だ」

衡平社が設立されるとすぐに、水平社との交流を始め、大会には代表を送り合い、メッセージを交換した。29年に京都の大会で衡平社との提携が提案されたことは、植民地支配という状況で、意義ある出来事だった。

現在白丁という集団は消滅したと、一般的に言われている。しかし、差別意識は根強く残っている。水野氏は「これは白丁の人たちだけでなく、全ての人の問題です。全ての人が差別されることなく生き、真の人間になる。これが衡平運動の意義として一番大きいと思います」と、結んだ。

2023年06月04日号 03面掲載記事)

 

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