映画「グランドフィナーレ」--老境に達して能(し)る喪失と受容
世界的な音楽家、映画監督として名を成し、老境に達した二人の友人。音楽家は、表舞台からの引退を公表しリゾートホテルでヴァカンスを過ごすが、映画監督は若いスタたちを引き連れて同じホテルで新たな創作に取り組んでいる。果たして芸術の創作に引退という区切りがあるのだろうか。本作の原題は“YOUTH”だが、若者をテーマにした物語ではない。仕事で世界を駆け巡っていた若さは、もう取り返せないできない年代になり、残されている人生の日々をどのように受け入れ、生きがいを見出せるのだろうか。イタリア人パオロ・ソレンティーノ監督が織り上げていく交響曲のようなヒューマンドラマは、与えられている“いのち”を輝かせようとする意志の力を感じさせてくれる。
【あらすじ】
スイスのアルプスにある高級リゾートホテル。80歳を迎えた英国人のフレッド(マイケル・ケイン)は、作曲家・指揮者としてロンドン、ヴェネチアの交響楽団で活躍したが今は引退した。娘のレナ(レイチェル・ワイズ)が、ホテルの健康管理プログラムも一緒にを予約したので、スパやマッサージ、健康診断などを受けながらのヴァカンスだ。フレッドの60年来の親友、映画監督のミック(ハーヴェイ・カイテル)も同じホテルで過ごしているが、新作「人生最後の日」を映画監督として遺作にしようと、若いスタッフたちとその構想と脚本づくりに取り組んでいる。
ホテルに英国王室の特使がフレッドを訪ねてきた。用件は、女王と皇太子家族の前でフレッドが作曲した「シンプル・ライフ」を演奏してほしいという。光栄なステージの依頼だが、フレッドは「私的事情」を理由に、あっさり断ってしまう。特使はとりつく島もなく帰っていった。
ある時、夫婦で旅行に出かけているはずの娘レナが、フレッドの部屋で泣きじゃくっている。理由を聞くと夫のジュリアンが突然恋人を連れて来て離婚されたという。ジュリアンの父親は、親友のミックだ。フレッドはすぐにミックに掛け合うと、ミックも驚いてジュリアンを呼びつけて事情を聞くと、セックスの不一致だと言い放った。
レナを慰めようとするが、音楽だけがすべてでママのことを顧みることもしなかったパパに夫婦の愛情の何がわかるの!と、むしろ逆上されるフレッド。すべてのことに無気力になっていたフレットだが、レナの言葉は自分には音楽しかないことをあらためて気づかされた。そこに、英国王室の特使が再びフレッドを訪ねてきた。だが、フレッドはやはり指揮することを断る。必死に食い下がる特使にフレッドは、「シンプル・ライフ」にまつわる本当の理由を語る。それは、娘レナも知らなかったフレッドの妻への想いだった…。
【みどころ・エピソード】
物語は、スイスのアルプスの麓にある高級リゾートホテルをおもな舞台に進展する。ドイツ人作家トーマス・マンが『魔の山』を執筆したゆかりのあるホテルで、当時の趣きを残しつつ、セレブたちの健康管理のためのスパやプール、サウナ、エステサロンなど多種多様な設備も調っている。“神の手”のあだ名を持つ元モッカー選手と思しき男性が、みごとな肥満体のリハビリしている姿や、なぜかチベット仏教僧が瞑想し空中浮遊の修行をしているのも可笑しい。夜にはセレブたちが、ムーディな野外ステージでのシンガーソングライターのマーク・コゼレックやポップスターのパロマ・フェイスなどのショーを楽しむ。このお二人のほかにもソプラノ歌手のスミ・ジョー、BBC交響楽団も実名で出演しているなど音楽も贅沢な作品。
人との出会い、交わした言葉が、人生の岐路に大きく影響することがある。ホテルで新しい役作りのために宿泊している人気俳優のジミー・トリー(ポール・ダノ)は、どんなに演技が評価されても、会う人のほとんどが人気を得た過去の役柄で語りかけてくることにうんざりしている。そのジミーがフレッドに「歳をとった今、一番恋しいものは何ですか」と問いかける。たんに、失ったものにだけでなく、今あるもの、先にあるものへの思慕を感じさせられる一言はとても印象的だ。ミックは、出演交渉していた友人女優ブレンダ・モレル(ジェーン・フォンダ)がホテルにやってきてひと騒動起こり“遺作”作品の製作が困難になってしまう。老いても、過去の栄光を評されるだけでなく、現在を受け入れて明日への憧れを見いだしていく人生は、それなりに波乱万丈。邦題は、ラストのカットシーンに相応しいドラマチックな表現だが、原題の“YOUTH”のエネルギッシュな響きが、人生の明日を表現している。 【遠山清一】
監督:パオロ・ソレンティーノ 2015年/イタリア=フランス=スイス=イギリス/124分/映倫:R15+/原題:YOUTH/サイズ:シネスコ/ 配給:ギャガ 2016年4月16日(土)よりBunkamuraル・シネマ、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開。
公式サイト http://gaga.ne.jp/grandfinale
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*Award*
2016年:第88回アカデミー賞主題歌賞ノミネート(シンプル・ソング#3) 2015年:第28回ヨーロッパ映画賞作品賞・監督賞・主演男優賞(マイケル・ケイン)・名誉賞(マイケル・ケイン)受賞作品。第68回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品作品ほか多数。