米軍のドキュメントセンターには60万人分のナチ親衛隊の資料をみて呆然とするヨハン検事 (C)2014 Claussen+Wobke+Putz Filmproduktion GmbH / naked eye filmproduction GmbH & Co.KG
米軍のドキュメントセンターには60万人分のナチ親衛隊の資料をみて呆然とするヨハン検事 (C)2014 Claussen+Wobke+Putz Filmproduktion GmbH / naked eye filmproduction GmbH & Co.KG

第2次大戦が終結して十余年。西ドイツ(当時)は経済復興が進み、1954年サッカー・ワールドカップスイス大会に優勝するなど国民の意識は活気づき、アウシュヴィッツでのユダヤ人大虐殺などの苦く辛い記憶は忘却されつつあった。だが’58年、フランクフルトの検察庁に一人の新聞記者が、元ナチス親衛隊(SS)将校が法律で禁じられている教職に就いている事案を訴えてきた。小さく思える事件が、ナチス党員だった市民の戦時中の虐待事件を裁いたフランクフルト・アウシュヴィッツ裁判(63年12月20日~65年8月10日)へと発展するまでを描いている。

「誰もが同じだった」という感情論に逃げず、自国民の犯罪行為の現実を見つめ、自国の法律に則って裁判することで法治国家として民主主義を自覚的に構築していく。重いテーマだが、ドラマのエンタテイメントな演出によって人間の弱さと罪性を見過ごしたままにできない良心という“内なる光”への信頼が体温を感じさせてくれる。

フランクフルトの検察庁ロビーに現れたジャーナリストのトーマス・グルニカ(アンドレ・ジマンスキー)は、アウシュヴィッツに収容されていたユダヤ人のシモン・キルシュ(ヨハネス・クリシュ)から元SS将校だったアロイス・シュルツが違法に教師をしていることを聞き、訴えてきた。だが、検事の誰も関心を示さない。しかも、大虐殺が行われたアウシュヴィッツのことも「知らない」と返答する検事たち。グルニカは、「史上最悪の残虐行為は忘れ去られた」と嘆き、元SS将校アロイスについてのメモを置いて立ち去る。だが、若手検事ヨハン・ラドマン(アレクサンダー・フェーリング)だけが、そのメモを拾って調べ始めた。

調査結果はグルニカの訴えどおりだった。アロイスについて文部省に報告されることになったが、上司のハラー検事正はじめ同僚検事たちの多くがヨハンの行動に冷たい視線を浴びせる。しかも、グルニカはヨハンが不在の隙にアロイスの資料を盗み出しリークしたため、ヨハンは検事総長のフリッツ・バウアー(ゲルト・フォス)に呼び出された。

グルニカ記者と友人シモンの告発から人間の良心と法を守る闘いが始まった (C)2014 Claussen+Wobke+Putz Filmproduktion GmbH / naked eye filmproduction GmbH & Co.KG
グルニカ記者と友人シモンの告発から人間の良心と法を守る闘いが始まった (C)2014 Claussen+Wobke+Putz Filmproduktion GmbH / naked eye filmproduction GmbH & Co.KG

ヨハンの状況説明を聞いていたバウアー検事総長は、政府機関内にはナチ党員が未だに残っており、彼らの戦争犯罪行為の確証が捜査できないため裁判を起こせない実情をヨハンに教える。ヨハンは、グルニカの詫びを受け入れ、彼の友人シモンの家で戦争犯罪を行っていた親衛隊の資料をみつける。心に深い傷を負っているシモンだが、ヨハンの真剣な態度に感じ入り、聞きがたい残虐行為の実態を証言していく。

報告を受けたバウアー検事総長は、ヨハンに本格的な捜査の指揮を命じる。米軍が保管する親衛隊の資料は60万人分、そのうち8000人がアウシュヴィッツ関与した容疑者と考えられる。証言の聴取と地道な捜査。やがて、ヨハンは、アウシュヴィッツで人体実験をを行っていたメンゲレ医師が、逃亡先から時折り帰国していることを突き止める。

国民の大多数がナチ党を支持し、武力による旧領土の回復に熱狂していた。当時は「誰もが命じられるまま行なっていたことだ」。ユダヤ人に理解を持っていたヨハンの恋人マレーネ(フリーデリーケ・ベヒト)も自分の父親がナチ党員であったことを知りショックを受ける。多くの罪が“ごく普通のドイツ人”によって行われた事実が暴かれつつあることに国民の多くが不安を覚え、否定的な感情を募らせる。フランクフルト・アウシュヴィッツ裁判が開始されるとき、世論調査では過半数が裁判に反対した。それでも、戦時においても法的に禁じられていた残虐行為という罪の事実を見つめ、法の信頼と秩序を自覚して順守していく意志に、立憲主義と民主主義への希望が託せられる。歴史の事実と政治的謝罪のあり方を、現在も問い続け、記憶と記録を喚起するヒューマンドラマだ。
来年2月開催予定の第88回アカデミー賞外国映画賞に「ヒトラー暗殺、13分の誤算」、「ぼくらの家路」ほかをおさえてドイツ代表作品に決定された。映画の力と信頼を感じさせられる。 【遠山清一】

監督:ジュリオ・リッチャレッリ 2014年/ドイツ/ドイツ語、英語、ヘブル語/123分/映倫:PG12/原題:Im Labyrinth des Schweigens、英題:Labyrinth of Lies 配給:アットエンタテインメント 2015年10月3日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開。
URL http://kaononai.com
Facebook https://www.facebook.com/kaononai2015

*Award*
2016年2月第88回アカデミー賞外国映画賞ドイツ代表出品作品。 2015年第65回ドイツ映画賞5部門ノミネート作品。レ・ザルク・ヨーロピアン映画祭観客賞・審査員特別賞受賞作品。 2014年第39回トロント国際映画祭出品、バイエルン映画賞主演男優賞(アレクサンダー・フェーリング)受賞、第39回トロント国際映画祭コンテンポラリー・ワールド・シネマ部門出品。