タオは父の葬儀に息子ダオラーを呼び寄せたが、ほとんど忘れられていることに困惑する (C)Bandai Visual, Bitters End, Office Kitano
タオは父の葬儀に息子ダオラーを呼び寄せたが、ほとんど忘れられていることに困惑する (C)Bandai Visual, Bitters End, Office Kitano

中国では実質的に上映禁止になった前作「罪の手ざわり」(2013年)では、強盗、自殺など4つの事件をとおして中国社会の歪みがもたらす破壊性を描いたジャ・ジャンクー監督。この新作「山河ノスタルジア」では、急激な経済成長を遂げる中で拡大する貧富の格差とともに成功への渇望に押し動かされていく人々の心の渇きや家族の関係性をテーマに描いている。1999年と2014年の山西省・汾陽(フェンヤン)そして2025年のオーストラリアでの時代と社会の変化をみつめながら、一人の女性タオの人生をとおして心と人間関係の問題を見つめている。

【あらすじ】
1999年の汾陽。小学校教師のタオ(チャオ・タオ)は、幼なじみの炭鉱労働者リャンズー、実業家のジンシェンとディスコクラブで“GO WEST”に合わせて踊る。堅実だが内向的なリャンズー(リャン・ジンドン)、事業への夢を追い成功意欲の持ち主ジンシェン(チャン・イー)。2人から好意を持たれていることは感じていても心を決めきれないタオ。炭鉱を買い取ったジンシェンは、リャンズーにタオから距離を置け告げる。タオの煮え切れない態度もあり、リャンズーは汾陽を去ることを決意し、タオはジンシェンと結婚する。

2014年。タオは、ジンシェン離婚し汾陽でガソリンスタンドを経営しながら父と暮らしていた。ある日、旧友のお祝い事に出かけていた父親が急死した。上海で暮らすジンシェンに、小学生の息子ダオラーを葬儀に参列させてほしいと頼むタオ。自家用飛行機で空港に着いたダオラーは、母タオの顔さえ思い出せない。インターナショナルスクールに通うダオラーに「マミー」と呼ばれて、長年離れていたことに動揺するタオ。ダオラーに家の合鍵を渡して「いつ戻って来てもいいのよ」と言って上海に帰した。だがこの年、ジンシェンとダオラー父子はオーストラリアへ移住していった。

2025年。19歳の大学生になったダオラー(ドン・ズージェン)は、英語しか話せず父ジンシェンとの関係もぎくしゃくしていた。会話は、タブレットでの自動翻訳をとおして互いの考えを伝えるもどかしさ。自分の本心を父親に伝えたいダオラーは、母親と同じ年頃の教師ミオ(シルビア・チャン)に通訳を依頼した。だが、ほとんど母親を知らずに育ったダオラーの心に、ミアの存在はしだいに特別なものになっていく。

母親ほど年の差があるミオにダオラーは特別な思いを寄せていく (C)Bandai Visual, Bitters End, Office Kitano
母親ほど年の差があるミオにダオラーは特別な思いを寄せていく (C)Bandai Visual, Bitters End, Office Kitano

【みどころ・エピソード】
物語の舞台になっている山西省・汾陽は、ジャ・ジャンクー監督の故郷。監督がこれまでとりあえず撮りためていた町や風景が時代の流れを彷彿とさせてくれる。ちなみに1999年はスタンダード・サイズ(1.33:1)、2014年ビスタ・サイズ(1.85:1)、2015年をスコープ・サイズ(2.35:1)で撮られ、過去・現在・未来が明確化されている。また、ディスコサウンド“GO WEST”は、サッカーファンにおなじみのペット・ショップ・ボーイズのカヴァー・ヴァージョンが流れるので日本人にも懐かしい。ラストシーンでもこの曲は印象深く使われている。

中国語の原題は「山河故人」で、“故人”は“昔なじみ”の人びとを指す。海外での上映が多いジャ監督の本作の英題は“Mountains May Depart”で旧約聖書イザヤ書54章10節の冒頭からつけられた(For the mountains may depart and the hills be removed, but my steadfast love shall not depart from you, [ESV]。「たとい山々が移り、丘が動いても、わたしの変わらぬ愛はあなたから移らない…」)。ジャ監督はどのように時代が変っても人の情は変わらないという故事を思わせる中国語の原題とともに英題も個人的には納得しているという。 【遠山清一】

監督:ジャ・ジャンクー 2015年/中国=日本=フランス/125分/原題:山河故人 英題:Mountains May Depart 配給:ビターズ・エンド、オフィス北野 2016年4月23日(土)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー。
公式サイト http://www.bitters.co.jp/sanga/
Facebook https://www.facebook.com/sanga.movie/

*Awards*
2015年:第63回サン・セバスチャン国際映画祭観客賞受賞。第68回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品作品。第52回台湾金馬奨オリジナル脚本賞・観客賞受賞作品。