まだ幼い少女タツォも地面に五体投地し「生きとし生けるのすべての幸せでありますように」と祈りながら聖地ラサを目指す。
まだ幼い少女タツォも地面に五体投地し「生きとし生けるのすべての幸せでありますように」と祈りながら聖地ラサを目指す。

ドキュメンタリ-と再現ドラマや演出劇などを融合したドキュドラマの作品が注目されている。本作もチャン・ヤン監督が、チベットの山村に暮らす人々の生活と信仰(チベット仏教の巡礼)をテーマに撮ったドキュドラマといえる。出演するチベットの村人たちは役者ではなく本当の家族。その生活も日常そのもので、ヤン監督が物語のプロットを作っているが、彼ら自身と重なる役柄を自ら演じながら聖地ラサへ巡礼する。その物語はドキュメンタリータッチだが、一つ一つのシーンやディティールは映画的に演出されている。その丁寧な描写は、ドキュメンタリーよりも分かりやすい。

【あらすじ】
中国四川省に近いチベット自治区マルカム県プラ村。ニマ(50歳)の家では、父親が亡くなり、まだ四十九日が明けず、法事が行われていた。父の弟のヤンペル(70歳)は、兄のように思い残すことなく自分は死ぬ前に聖地ラサへ巡礼したいと願っていた。ニマは叔父の願いを叶え、叔父を連れて、ラサへ巡礼に行く決意をしたと家族に告げる。

ニマとヤンペルが巡礼に出掛けることを知ると、村人のケルサンは妊娠していて出産間近の長女ツェリン(24歳)と入り婿でツェリンの夫セパに巡礼に参加するよう家族会議で勧める。ケルサン家からはさらにツェリンの妹ツェワン(19歳)とセパの弟ダワ・タシ、ツェワンの伯母の息子ワンギェル少年らも参加することになった。ニマ家とケルサン家に加えて家畜の解体を仕事にいているワンドゥと、数年前に自宅の新築工事中の事故で2人が死亡したため賠償金を支払い家も完成していないジメルが、贖罪を祈りたいと妻ムチュと末娘の少女タツォを連れて参加する。

3家族11人での巡礼の旅。準備は大がかりで大変だ。食料、テント、靴、五体投地(両手・両膝・額[五体]を地面に投げ伏して祈る)し、立ち上がって5~6歩あるいては、また五体投地の拝礼しながら進むため、動物の皮で作った前掛けを着けて、両手にはサンダルのような木靴をはめる。五体投地の姿勢を繰り返しながら一日に進める距離は8kmから10km程度。ニマの巡礼チームは、身重のツェリンとテントなどをトラクターに載せてチベット仏教の聖地ラサのチョカン寺まで1200km、さらに標高6656mのカイラス山(未踏峰)へ1200Km、合計2400kmの巡礼をスタートした。

チベットの村人たちの信仰と暮らしが丁寧に描かれている
チベットの村人たちの信仰と暮らしが丁寧に描かれている

大型トラックが行き交う国道を、ひれ伏しては立ち上がる五体投地しながら何日も進んだある夜。テントで寝ているとツェリンが苦しみ出した。陣痛が始まったのだ。トラクターにツェリンを乗せて町の病院へ向かう。無事に男の子が生まれた。知らせを受けて村から父親のガサンが病院に駆けつけてきた。ガサンは、生まれた男の子をテンジン・テンダルと名付けた。巡礼一行に新たな同行者が誕生した…。

【みどころ・エピソード】
プラ村は標高4,000m近くの高地だが水も樹木も豊富で、村人たちは基本的に自給自足の暮らしを営んでいる。麦などの穀物、ヤク(ウシ科の家畜)のミルクや肉、毛皮など農業と牧畜の日常が丁寧に描かれている。朝、まず「生きとし生けるのすべての幸せであるように」と祈ることから一日が始まる。仕事や朝、昼、晩の食事。夕食後には神様が宿っているとされるかまどの近くで暖を取りながら糸紡ぎなどしながら一家で語らう。大切な話は夕食後の語らい合うときに話題にされ決まっていく。家族(そして巡礼一行)が語り合う素朴な原風景が、この作品の重要な展開を示している。

チベット仏教は、基本的には説一切有部(せついっさいうぶ)。過去・未来・現在の三世にわたって変化することなく実在する有法が、森羅万象を構成しているとする輪廻転生の思想。巡礼での祈り念じることは、「生きとし生けるのすべての幸せでありますように」。五体投地で道に身体を投げ出すとき、一匹の蟻さえ押しつぶさないよう気を配る。生きとし生けるものすべてが、かつては自分の母であった可能性があると信じているからだ。巡礼の道中には、落石を受けての怪我や事故も起こる。ある時、マニが運転するトラクターに観光客を乗せた車がぶつかってきた。高山病のお客を乗せて病院へ向かうため急いでいたためと分かると、マニたちは運転手を怒ったり責めることもなく患者の症状を気遣い病院へ向かわせる。巡礼者として自我への執着から解脱する修行でもあるが、他者に対する慈悲の実践でもある。巡礼者を見守るチベットの人たちも巡礼者たちが困っていれば宿を貸し、旅費が乏しくなれば仕事を与えて慈悲を示す。

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ほぼ1年かけてチベットを横断する巡礼者の道のり

チベット仏教と聞くと、中国政府の宗教弾圧や圧政に抗議する焼身成仏での抗議など強烈なイメージも思い浮かべる。だが、民衆の信仰と日々の暮らしは「生きとし生けるのすべての幸せでありますように」との祈りに尽きる。近代化され個の幸福の追求が社会と家族の様相を変えてきた現代。一年近くかけて自然のなかを五体投地しながら進む彼らの時空観と生きざまは、苦行だけで終わらない安寧と他者のために生きる一つの在り方を語りかけている。 【遠山清一】

監督:チャン・ヤン 2015年/中国/チベット語/DCP/115分/原題:岡仁波斉 英題:Paths of the Soul 中国語題:カンリンポチェ(カイラス山)/ 配給:ムヴィオラ 2016年7月23日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。
公式サイト http://moviola.jp/lhasa/
Facebook https://www.facebook.com/lhasa2016

*Award*
2015年:トロント国際映画祭正式出品作品。プサン国際映画祭正式出品作品。ロッテルダム国際映画祭正式出品作品。