映画「アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男」--戦争責任の風化を拒み人間の正義を求め続けた男の実録
ドイツは第2次世界大戦に敗れた。1949年、ドイツは東西に分断され西ドイツのアデナウアー政権は、経済復興と国際社会への復帰を最優先し、55年には独立国としての主権を回復しNATOにも加盟した。一方で、反ユダヤ主義のもとホロコースの嵐を巻き起こした元ナチス党員らが49年に開廷されたニュルンベルク軍事裁判を経て、アデナウアー政権の要職に復帰しているものも多くいた。戦争犯罪者らの責任追及と悔悟を求める民衆の機運は急速に減退し風化していた。嫌な過去は置いて前進しようとする50年代末期、絶滅収容所アウシュヴィッツへ多くのユダヤ人、反ナチス主義者らを輸送する責任者だったアドルフ・アイヒマンの亡命先を知らせる情報を得たのを機に、州検事長フリッツ・バウアーはアイヒマン捕縛とドイツでのアイシュヴィッツ裁判の実現に向かって立ち上がった。戦後10年が経ち、戦争責任や戦争犯罪などは忘れたいとする民衆にたった一人で対峙する孤高の検事長。自らの命を懸けてドイツが自らを裁き“我々の過去”の克服を求め続けた姿は、人本主義への信頼と未来への幻(ヴィジョン)を得ることの困難と価値を想い起させられる。
【あらすじ】
1950年代後半、国際社会復帰を果たした西ドイツだが、政治、行政、ビジネスの中枢には元ナチ党員が多く残っている。ナチスによる戦争犯罪の告発に執念を燃やしてきたヘッセン州検事長を務めるユダヤ系ドイツ人のフリッツ・バウアー(ブルクハルト・クラウスナー)には、遅々として進まない捜査や執務室に届く脅迫状などいらだつ日々だ。彼の上司の連邦検事局長や部下の上席検事ウルリヒ・クライトナー(セバスチャン・ブロムベルグ)らも元ナチス党員で、常にバウアーの動向を監視している。
ある日、アルゼンチンに亡命したユダヤ人ローター・ヘルマンからバウアーに、元親衛隊中佐アドルフ・アイヒマンがブレノスアイレスに潜伏しているとの重要な情報が届いた。元ナチス党員がたむろするような検察当局を信頼できないバウアーは、親友でもあるヘッセン州首相ゲオルク=アウグスト・ツィン(ゲッツ・シューベルト)に事の次第を報告し、イスラエルの諜報機関モサドにアイヒマンの情報を提供して逮捕させ、ドイツで裁きたいと打ち明ける。だが、ゲオルク首相は、それは国家反逆罪にあたるとバウアーに警告する。
それでもバウアーの決意は変わらない。単身、イスラエルへ行きモサドの長官イサー・ハレル(ティロ・ヴェルナー)と面談する。モサドもアイヒマンの行方を追っていただけに慎重な態度で「第2の証拠があれば協力する」と、バウアーに返答する。フランクフルトに戻ったバウアーは、信頼できる部下のカール・アンガーマン検事(ロナルト・ツェアフェルト)を自宅に招き、“第2の証拠”を見つけ出すための協力を要請する。バウアーがただユダヤ系ドイツ人として復讐心に駆られているのではなく、より高い理想と情熱をもっていることに感じ入り危険な捜査をすすめ“第2の証拠”を入手する。だが、バウアー失脚をもくろむ勢力の罠にはめられ、当時は犯罪であった“同性愛者”として検事の職責をはく奪される。
“第2の証拠”を掴んだバウアーは、単身で再びイスラエルへ行き、アイヒマンが“リカルド・クレメント”という氏名で潜伏していることを伝え、モサドにアイヒマン逮捕を要請し、秘密漏えいを防ぐため「アイヒマンはクウェートに潜伏中」というデマ情報を流す。モサドは、アイヒマン逮捕に動き出したが、フランクフルトに戻ったバウアーには反対勢力からの狡猾な策謀が仕掛けられていく…。
【みどころ・エピソード】
本作の冒頭でアイヒマン裁判についてのテレビ告知でバウアーが「ドイツの若者たちは真実を知る準備ができた」と語るオリジナル映像や、テレビのトークショー「地下室クラブ」に出演し民主主義の精神について若者たちと討論するバウアーが再現されている。監督と脚本家が伝えたかったフリッツ・バウアーが、感情的にナチ残党に復讐するためではなく“正義と尊厳をかけた闘い”というキャッチコピーそのものであることが、真摯に伝わってくる。
サスペンスフルな演出とミステリアスなストーリー展開は、エンタテイメントとして良質な作品。さらには、フリッツ・バウアーを取り巻く登場事物たちのほどんが実在する人物を描いている。ただ、バウアーの忠実な腹心として登場するカール・アンガーマン検事は、バウワーの複数の部下たちをモデルに練り上げられた架空のキャラクター。ナチス時代に叩き込まれた反ユダヤ主義が、敗戦後15年程度で払しょくされるとも思えず、「執務室を一歩外に出れば敵ばかり」と語っていたバウアーだ、部下の中には有志のものも傍にいたことをわかりやすく描くとともに、当時は“同性愛”が法律に反する犯罪であったことが重要な要素として物語に引き出す役割を果たしている。公判を通して、「命令に従ったまで」という言い訳ではなく、絶滅工場を支えたシステムの一環として果たしたことへの真摯な悔悟、正義と贖罪を求め続けたバウアーの在り方は、やがてドイツへの信頼の源流の一つになっていく。アウシュヴィッツ裁判への背景を知る資料性に富んだ実録ドラマが世に出されたことを喜びたい。 【遠山清一】
監督:ラース・クラウメ 2015年/ドイツ/105分/原題:Der Staat gegen Fritz Bauer、英題:THE PEOPLE VS, FRITZ BAUER 配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム 2017年1月7日(土)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開。
公式サイト http://eichmann-vs-bauer.com
Facebook https://www.facebook.com/映画アイヒマンを追えナチスがもっとも畏れた男-329378294119052/
*AWARD*
2016年:第66回ドイツ映画賞最多6部門(作品賞・監督賞・脚本賞・助演男優賞(ロナルト・ツェアフェルト)・美術賞・衣装賞)金賞受賞。ロカルノ映画祭観客賞受賞。バイエルン映画賞男優賞(ブルクハルト・クラウスナー)受賞。ドイツ映画批評家協会賞作品賞受賞。 2015年:ロカルノ国際映画祭観客賞受賞。トロント国際映画祭 CONTEMPORARY WORLD CINEMA部門出品作品。