(c)2010 Laboratory X, Inc.
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ドキュメンタリーの分野に’観察映画’と銘打ち台本(構成表)、台詞、音楽なしのリアルな画像で出来事の本質を追っていく想田和弘監督の第3段の作品。なんとも日常的で温かな映像から、福祉事業の現場がとても人間的で人情の機微に触れる情景が印象深く伝わってくる。

数匹の野良猫に自宅の庭で餌をやる柏木寿夫さんの冒頭シーンが、ほほえましい。左わき腹にハート形のブチがあり右前脚が折れ曲がったままの猫などいろいろ特徴を捜したくなる。その餌をやる時間になると、距離を置きながら覗き込むオスの泥棒猫。柏木さんが、いつもの野良猫グループから離れた所に餌場を設けても、グループの様子をうかがいちょっかいを出してくる泥棒猫。20年ほど前から餌をやってきた柏木さんの猫社会の語りも興味深い。

柏木さんは中学校教師から福岡に一つしかなかった養護学校教師に移り、定年退職後は軽四輪バンを改造して有償送迎福祉事業で障害者や高齢者らの足代わりになっている。ガソリン代程度は出ても行政からの援助ゼロの活動はほとんどボランティア。その実情は講習会でもつぶさに語る。想像以上に厳しい状況なのだろう、考え込む受講者たちの表情。それでも、なぜ続けるのかとの監督の質問に「惰性だね」と事もなげに答える。この足代わりの福祉サービスを受けている人たちとの会話や表情はどことなく安心感と安らぎが伝わってくる。そして、事務所に飾られているマザー・テレサの写真が「捨てたものではない」働きの滋味のようで印象的だ。

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妻の康子さんは障害者や高齢者の自宅にヘルパーを派遣するNPO共助グループ喫茶去を運営し、自らも訪問支援して地域福祉に携わっている。その介助訪問を追っている中で出会った橋本さん(91歳)を監督のカメラは追う。家族知人はほとんど亡くなり、自らも肺癌を患っている。それでも吸っているタバコは、昔ながらフィルターなしの「PEACE」。ほとんど寝たきりだが、訪問者が来る日や診察に行くときは、きちんとネクタイをして精いっぱい身だしなみを整える。康子さんや医者に「早く向こうに逝きたい」が口癖だ。その橋本さんが、いままで康子さんにも話したことのない、戦争体験のことを語り始めた。心の奥底にあった想い、生き残ってしまった想いが、日頃から語っていた言葉と重なり合いながら橋本さんの’死’への想いに耳を傾けさせられる。

‘観察映画’の第3弾の作品と紹介したが、サブタイトルに「観察映画・番外編」と記している。監督自身が「撮ろう」と意志してきたものと異なり、「撮らされてきた」と感じさせられている作品ゆえという。
カメラを向ける対象も、始めは猫であったのが、野良猫に餌をやる義父とその妻という近しさもあるからだろうか。それだけに、’ともに生きる’福祉の現場に携わっている人の心と日常が、声のない本音となって聞こえてくるようだ。そして、餌をもらってきた猫グループと泥棒猫。ここにも’ともに生きる’日常があった。   【遠山清一】

監督・製作・撮影・編集:想田和弘。2010年/日本・アメリカ・韓国/75分。2010年東京フィルメックス観客賞・2011年香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞など受賞作品。 配給:東風。7月16日(土)よりシアター・イメージフォーラムにてロードショーほか全国順次公開。

公式サイト http://www.peace-movie.com