(c)entropa Entertainments16
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2004年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件以降、力を行使することで正義を貫徹する思潮、いわば’復讐’とか’報復’を’当然のこと’とする考え方が強まっていないだろうか。本作の原題は’HAEVNEN’(復讐)だが、スサンネ・ビア監督はそれでは平和は生まれないことを観る者に伝えている。英題の’IN A BETTER WORLD’では、平和へのキーワードが’赦し’から生まれることを受けている印象であり、邦題もビア監督と脚本を書いたアナス・トーマス・イェンセンらのメッセージ性を表現しているようにも受け止められる。

物語の舞台は、アフリカの難民キャンプとデンマークの閑静な港町。この遠くかけ離れた二つの世界を結び付けている存在が、難民キャンプで医療活動道に従事している医師のアントン(ミカエル・パーシェンブラント)。キャンプではいつも笑顔で子どもたちにも接し、診療にも篤く信頼されている。アントンの妻マリアン(トリーネ・ディアホルム)も医師で、二人の男の子と共に、デンマークで暮らしている(写真左)。長男のエリアス(マークス・リーゴード)は、学校で’ネズミ顔’と揶揄され酷いいじめにあっている。だが、仕事をもつ母とアフリカにいる父には、学校でいじめられていることは話していない。

ある日、学校にロンドンからクリスチャン(ヴィリアム・ユンク・ニールセン)が転校してきた。その最初の登校日に、クリスチャンはエリアスがいじめられているところを目撃する。しかも、その巻き添えを食っていじめグループのリーダー、ソフスにバスケットボールを顔面にぶつけられた。ソフスはクリスチャンにいじめのことを学校に言うなと脅す。そのソフスを背後から殴り倒し、ナイフを突き付けて「これからは自分たちに手を出すな」と逆襲するクリスチャン。

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だが、ソフスの怪我から表沙汰になり、クリスチャンとエリアスの家族も学校に呼び出されて事実を知る。アフリカから休暇帰国していたアントンとクリスチャンの父親クラウスは、それぞれ息子たちに「報復は報復を生むだけできりがない」と諭す。エリアスは父アントンの言葉に耳を傾けるが、クリスチャンは「やられたらやり返さないとだめだ」と主張し、口ごたえする。クリスチャンは、母ががんで亡くなったのは父親のせいだと決めつけ、赦そうはとしない。

難民キャンプでは、妊婦の腹を裂き殺害する悪党’ビッグマン’による被害者が運ばれてくる。ある日、その’ビッグマン’が大けがをしてアントンの所に運ばれてきた。避難民たちの苛立ちと怒りを抑えて、治療を施したアントン。帰国すれば、いじめにあっていたエリアス。

ある日、弟が遊び場でよその子とブランコの取り合いをしているところに、アントンが仲裁に入ろうとする。それを見たその子の父親は問答無用とばかりにアントンを殴りつけてきた。アントンは、子どもたちに「バカを殴ったら自分もバカになる。そんなことをしたら世界はどうなる」と諭すように語り、暴力を受けても怖がっていないことを証明するため、子どもたちを連れてもう一度その父親の所へ行き、なぜ殴ったのかと問いただす。殴られても自分は手を出さず、屈しない姿勢を子どもたちに見せるアントン。

だが、それを見ていたクリスチャンは、自分の考えを変えようとはしなかった。住んでいる祖父母の家の納屋から火薬を見つけると、無抵抗のアントンを殴っていた男の車を爆破する計画を立て、エリアスを巻き込んでいく。そして、決行の時。二人は予想していなかった状況を目の当たりにする。。。

妻マリアンとの不仲の原因がすべて自分の不忠実な行動にあったことを認めて赦しを求めるアントンだが、マリアンの心はまだ受け入れられないでいる。その両親の雰囲気を感じ取り、引き込みがちになるエイリアス。父親に対する不信感と力には力で対処しようとするクリスチャン。感性の多感な時期と一途さを、二人の子役は見事に演じていく。’復讐’と’赦し’という重いテーマを、よその家の出来事ではなく、身近な事柄として人と人とのかかわり、政治も含めた世界とのかかわりの中で考えさせてくれるストーリー展開の絶妙さ。難民キャンプでの手術シーンなどリアルなところもあるが、家族で観てほしい秀作だ。’復讐’や’報復’という’力の正義’の行使からは、平和は生まれない。   【遠山清一】

監督:スサンネ・ビア。2010年/デンマーク=スウェーデン/118分/原題:HAEVNEN 英題:IN A BETTER WORLD。配給:ロングライド。2011年度米国アカデミー賞&ゴールデン・グローブ賞最優秀外国映画賞受賞作品、2011年デンマーク・アカデミー賞最優秀主演女優賞受賞、監督賞・脚本賞ノミネート作品。8月13日(土)よりTOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館ほか全国順次公開。

公式サイト http://www.mirai-ikiru.jp