Movie「ジョン・レノン,ニューヨーク」――自由であることを愛した情熱人生
日本ではぽっと出のアイドル歌手もアーティスト(artiste)と呼ばれるが、ビートルズ世代にとってジョン・レノンは、社会の固定概念にとらわれない生き方を表現し、見せてくれた文字通りのアーティスト(artist)だった。アートがその作者の奥深い人格性を表出したものであるならば、このドキュメンタリーは、アーティストであるジョン・レノン最期の10年間の心の内を見つめるアーティスティックな作品だ。
先妻シンシアと離婚し、前衛芸術家のオノ・ヨーコと再婚したハネームンでの’ベッド・イン’平和パーフォーマン。取りわけオノ・ヨーコへのマスコミからのバッシングはひどく、ジョンは激しい怒りのコメントを残し、1971年にイギリスからアメリカ・ニューヨークへ移住する。映画はこのころからのジョンを追っていく。
’69年ウッドストック・コンサート以降のニューヨーク。ベトナム反戦と平和運動の広がりは、人種間の対立などとも相まって複雑化し激しさと騒然とした状況に揺れていた。そのさ中にジョンとヨーコはイギリスからやってきた。世界の大スター、ジョン・レノンを取り込んで反戦運動を展開しようと目論む様々な人たち。アルバム「イマジン」や「ハッピー・クリスマス」など平和なメロディで訴えていたジョンの音楽は、激動の状況を映し出すアルバム「サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ」を生み出していく。反戦運動に近づいて行き、コンサートや集会に参加し、抗議のメッセージを忌憚なく発していくジョンとヨーコ。その影響力は、当時の政権に脅威を感じさせかつての微罪を名目に「国外退去命令」を出し続ける。そして、当局の監視。そのようなプレッシャー感じさせられる日々を、顧問弁護士や音楽関係者、仲間たちの証言とジョンの作品の制作過程を追いながら、彼の内面を綴っていく。
公的な面だけでなく、「失われた週末」とも称されたジョンとヨーコの別離の原因と関係の回復など微妙な事柄も真摯に丁寧にルポしている。インタビュー取材に応じただけでなく、全編を通じてオノ・ヨーコが特別協力し適切な助言を提供している貴重な作品でもある。
幼少・少年期のリバプール時代やビートルズ草創期のハンブルク時代、そして世界を駆け巡ったビートルズ時代のジョン・レノンは、様々に語られてきた。だが、ソロ活動のニューヨーク時代は、アルバム「ダブル・ファンタジー」発表直後の突然の死によって、永い戸惑いの回廊に陥らされてきた感がある。このニューヨーク時代のジョン・レノンが、なんとも自由に、自分の内面に弱さ、鋭さ、憤りなどを率直に表現してきたことを身近に感じさせられる。ジョンの生誕70年、没後30年の節目を経て、ようやくジョン・レノンとオノ・ヨーコが生きたニューヨークを逍遥させてくれる作品だ。 【遠山清一】
監督・脚本:マイケル・エプスタイン 2010年/アメリカ/120分/原題:LennonNYC 配給:ザジフィルムズ。8月13日(土)、東京都写真美術館ホールほか全国順次公開。