「自給自足で、生きている証しを見せなければ、生きている甲斐がないもの」という佐藤直志さん。 ©Photo by Hiroko Masuike
「自給自足で、生きている証しを見せなければ、生きている甲斐がないもの」という佐藤直志さん。 ©Photo by Hiroko Masuike

岩手県陸前高田市。東日本大震災で消防団員だった長男を亡くし、小高い山の中腹にある自宅も津波で2階床上まで浸水被害を受けた佐藤直志(77歳)さん。老体には7年前にがんが見つかり放射線治療を受けた病魔を抱えている。だが、仮設住宅への移動を拒否し、津波に洗われた自宅を取り壊し、新築に建て替えてこの土地に生き続けるという。

朝。黄色いメガホンで少し離れた家に住む菅野 剛さんに向かって「おはよー」と声をかける。「おはようございまーす」と大声で返事を返す菅野さん。直志さんは「今日もがんばりましょー」と励ます。二人が交わす毎朝の挨拶がこだまする。

震災から39日後。自宅の柱に水準器を当てて水平であることを見せる。「あれだけの大地震に揺れ、津波を被っても柱も梁も水平垂直を保っている。これが気仙大工の仕事だ」と満面の笑み。55年前に結婚した時に建てた自宅。木こりと農業で生きてきた。自分が切り出してきた材木のプライドも見え隠れする。

妻と長男の嫁もまだ一緒に住んでいる。消防団員の長男は、お年寄りをおんぶして避難する途中で津波にのまれた。ここで生まれ、ここで育った土地。「息子の遺体が見つかるまでは、絶対ここを動かねぇ」と意を決してる。

津波の汚染地域であるため仮設住宅へのいどうを勧告され、説明に来た市職員にもその堅い意志を告げ断固として拒否する。

5月になり自給自足するため減反政策で休耕したままの田んぼを借りて、直志さんは田植えを始めた。それは、長男の遺体が見つかる前から交渉していたという。ここに住む気でいた。

©Photo by Hiroko Masuike
©Photo by Hiroko Masuike

仮設住宅へ移動していった住民たち。あちらこちらの町内会が解散し始めた。市の復興計画が示されないなかで、直志さんの町内でも今後のことが話し合われた。ここでも直志さんは、「自宅を新しく建て替えて、町を再生する礎になる。再生するかどうかわからないが、夢に向かってやっていく」という。

夏。900年続いている「けんか七夕」の季節がやってきた。危ぶまれていたが、今年も開催が決まった。山車を作るため、材木やツタを切り出すため山に入る。40人ほどの若者たちが手代に来ている姿がうれしい。「来年、1人が1人を連れて来れば80人になる。再来年、同じようにして来れば120人。そうやっていつか町になる」。

妻と嫁は、仮設に異動していった。もう電気も水道もない所での独り暮らしが始まった。実りの秋を迎え、稲刈りやソバの収穫に精を出す。「種をまいておけば、土地と水がなんとかしてくれる」。自然の中で行かされていることの感謝が、言葉となり笑顔をつくる。

市の復興計画案が発表された。直志さんは、55年年住み慣れた自宅を解体し、隣りの納屋に移り、いよいよ新築に建て替えに取り掛かる。結婚の時に建てられた家の解体には、妻もやってきてその最後を見届ける。

山に入り、新築のための木材を切り出していく直志さん。津波を被った木は枯れていくため、いずれ伐採処分になる。病魔を抱えた老体に、残されている時間は少ない。菅野さんたちの手助けを受けながら、手際よく伐採していく。

内に秘めた気概を淡々と行動に移していく一本気な老人。粘り強く、生まれた土地に生きる日本人を見るようなみごとな生き様。心の琴線に触れる出会いはある。池谷薫監督が一本のドキュメンタリーに記録してくれた佐藤直志さんも、そんな’出会えてよかった’お一人だ。 【遠山清一】

監督:池谷 薫 2012年/日本/118分/英題:Roots 配給:蓮ユニバース 2013年2月16日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
公式サイト:http://senzoninaru.com

2013年ベルリン国際映画祭フォーラム部門招待作品