拘置所の独房から半世紀も無実を叫び続けている奥西勝死刑囚(仲代達矢)。 ©東海テレビ放送
拘置所の独房から半世紀も無実を叫び続けている奥西勝死刑囚(仲代達矢)。 ©東海テレビ放送

狭山事件(1963年)、布川事件(1967年)、足川事件(1990年)など冤罪(えんざい)として警察・検察・裁判所と長い年月かけて’真実’を求めてきた事件がある。30年、40年あるいは、それ以上の年月’無実’を叫び続ける人たち。この映画で取り上げた名張毒ぶどう酒殺人事件(1961年)は、いまも’無実’を叫び続けている冤罪事件の一つだ。弁護団と救援する市民団体が、地道に不断の努力を積み重ねてたどり着いた怪しげな物証の疑問点が、いとも容易く看過されていく訴訟の歩みに愕然とさせられる。

奈良県山添村と三重県名張市に県境に近い18戸ばかりの集落・葛尾(くずお)地区の公民館で1961年(昭和36)3月28日に起きた名張毒ぶどう酒事件。毎年村人たちが公民館に集まって行われた懇親会。30数人集まり男性は日本酒、女性は白ぶどう酒で乾杯すると間もなく、ぶどう酒を飲んだ15人の女性たちが次々体の異変を訴えて倒れ込み、もがき苦しみだした。その被害者うち5人が死亡した事件。

事件から6日後。懇親会の会長宅から会場の公民館まで日本酒と白ぶどう酒を運んだ奥西 勝(当時35歳)が逮捕された。妻と愛人との三角関係を一気に解消するために行った犯行とされた。奥西の妻も愛人とされた女性も共に死亡している。逮捕直前に、警察署で記者会見し犯行を自白し謝罪する様子が記録フィルムに遺されている。

だが、逮捕後の取り調べの途中から、奥西容疑者は犯行を否認して、自白は警察で刑事に「これを言えばいい」と、あらかじめ用意されていた文章を覚えさせられ。裁判でちゃんと言えば聞いてくれると入れ知恵されたという。

息子の無実を確信し、独り暮らししながら面会と969通もの手紙を書き送って励まし続けた母・タツノ(樹木希林)。 ©東海テレビ放送
息子の無実を確信し、独り暮らししながら面会と969通もの手紙を書き送って励まし続けた母・タツノ(樹木希林)。 ©東海テレビ放送

ほとんど物証のない事件で、白ぶどう酒の王冠に残った歯型くらい。64年12月の一審判決では、目撃証言や物証の王冠の状況などと自白の矛盾点を重視して無罪。だが、検察からの控訴審で69年の名古屋高裁では、物証の信憑性を認め一転して死刑判決。無罪判決から極刑の死刑という戦後唯一の逆転判決が下された。72年の最高裁では、自白した事実を重要視して二審判決を支持し、死刑が確定した。そして、物証や事実認定の矛盾を実証し幾度も提出された再審請求を、繰り返し「棄却」し’自白’を重視する裁判官たち。

こうした事件の経過から今日までを、映画は丁寧に辿っていく。とりわけ、逮捕から26年後の’87年に、市民人権擁護団体の川村富佐吉が特別面会人を申請してからの物証(王冠や毒物の成分など)を丁寧に検証し、弁護団とともに再審請求に足りる新証拠探しの粘り強さには心が動かされる。

事件当時の奥西を演じた山本太郎が自宅を出る時に、二人のの子どもたちを見まなざしと、当時の記録フィルムのつながり。母・タツノを演じた樹木希林の無実を確信して祈る姿と取材フィルムの一つに思えるほどの存在感。半世紀も独房に拘禁されている奥西(仲代達矢)の心情の起伏や不思議な生活感。事件の経過を分かりやすくスキット風に描く類の再現ドラマではなく、奥西勝、母・タツノ、川村氏などの人間性と内面をしっかりと演じていく演出と事件当時から要所要所の記録フィルムを挿入した構成と演出のみごとな一体感は、稀有な映画として新たな作風を切り拓いている。  【遠山清一】

監督:齊藤潤一 2012年/日本/120分/ 配給:東海テレビ放送、配給協力:東風 2013年2月16日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開。
公式サイト:http://www.yakusoku-nabari.jp