「この自然界は繊細な仕組みを持ちながらできている」と信じるハッシュパッピー、 ©2012 Cinereach Productions, LLC. All rights reserved.
「この自然界は繊細な仕組みを持ちながらできている」と信じるハッシュパッピー、 ©2012 Cinereach Productions, LLC. All rights reserved.

異常気象や水位上昇、地盤沈下など自然環境が壊れつつある地球。それでも、人間はこの地球で生きていかなければならない。その覚悟が出来ているのだろうか。もしかしたら、漠然とイメージしているだけかもしれないこの厳しい現実を、6歳の少女が語る世界観を描くことで大人たちに覚悟を喚起する現代のメルヘンだ。

入り江に浮かぶ小さな島。堤防に遮られ、通称’バスタブ’と呼ばれて陸からは見捨てられているような場所だが、貧しいながらも小さなコミュニティはある。6歳になる少女ハッシュパピー(クワベンジャネ・ウォレス)は、呑んだくれてたまに帰ってくる父親ウィンク(ドワイト・ヘンリー)と二人暮らし。母親はどこかへ行ってしまってから久しい。ウィンクは、女ハッシュパピーに何かにつけて「お前は強くなれ」「お前はここの王様になれ」と言いながら、荒っぽい育児をする。ハッシュパピーも、父親には負けてはない。物を投げ合ってでも、堂々とやり合う。

‘バスタブ’島の人たちは、くよくよしない。何かがあれば水位が上がり、いつかは島も水没してしまう危険がある。それでも、お祭り騒ぎのように愉しんで毎日を生きている。勉強を教えてくれる女性教師は、膝の内側に絶滅したオーロックスのタトゥを入れている。彼女は、それを見せながら自然淘汰や地球温暖化などの話をし、子どもたちに生き残るために強くなれと教える。だが、ハッシュパピーは「この自然界は繊細な仕組みを持ちながら、命を持ち、呼吸をし、息吹いている。そして宇宙にあるすべてのものがうまく収まっている」と信じている。だから、小動物を耳に当てて心臓の鼓動を聴くのが大好きだ。

‘バスタブ’島はそこにかつてないほどの大型ハリケーンが上陸し、’バスタブ’は水没し壊滅的な被害を受けた。さらに、堤防があるから’バスタブ’に水が流れ込んでくると考え、ダイナマイトで堤防を破壊したため、より悲惨な状況を招いてしまった。

地球温暖化で生き返った怪物にもおじけない ©2012 Cinereach Productions, LLC. All rights reserved.
地球温暖化で生き返った怪物にもおじけない ©2012 Cinereach Productions, LLC. All rights reserved.

うまく収まっていた自然が、壊れ魚も動物たちも死んでしまったハッシュパピーの世界。彼女は、より悲惨な出来事が起こるのではないかと危惧する。それは、温暖化によって氷河に閉じ込められていたオーロックスが生き返り、’バスタブ’島を襲ってくるに違いない。ハッシュパピーは、自分が守らなければならないと、覚悟を決める。

ハシュパッピーの一人語りで進む物語に、引き込まれていく不思議な世界。信じている世界観が崩壊する現実の中で、より強くなろうとするハッシュパピー。みんなを守るのは自分だ。他愛無い子どものヒロイズムと笑って済ませられない、生きようという覚悟。水没する危険がある’バスタブ’島であっても、そこで生きることにチャレンジするハシュパッピーとの出会いは大人たちに明日を感じさせてくれる。 【遠山清一】

監督:ベン・ザイトリン 2012年/アメリカ/93分/原題 :Beasts of the Southern Wild 配給:ファントム・フィルム 2013年4月20日(土)よりシネマライズ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿ピカデリーほか全国順次公開。
公式サイト:http://www.bathtub-movie.com

2013年第85回アカデミー賞作品賞・監督賞・主演女優賞(史上最年少)・脚色賞4部門ノミネート作品。201年第28回サンダス国際映画祭グランプリ・最優秀撮影賞受賞、第65回カンヌ国際映画祭カメラドール(新人賞)・国際批評家連盟賞・若者の視点賞・エキュメニカル審査委員賞受賞。