Movie「カルテット!人生のオペラハウス」――クラシック音楽を楽しめる人生への招待状
米国アカデミー主演男優賞を2度受賞したダスティン・ホフマンが、映画監督に初めてチャレンジした処女作は奇しくもヴェルディ生誕200年記念イヤーの記念作品。ロナルド・ハーウッドの戯曲「想い出のカルテット ―もう一度唄わせて」の原作を、ハーウッド自身が脚本化し、ホフマン監督が年齢的には老年に達した名だたるオペラ歌手や音楽家たちのキャスティングにこだわり、本物のクラシック音楽を楽しませてくれる作品に仕上げている。
第一線を退いた老齢の音楽家たちが暮らす’ビーチャム・ハウス’。館内はもちろん庭でも施設の中には毎日すばらしい音楽に溢れている。だが、施設の運営維持は厳しい状況だ。第一線でスター的な地位を築いた音楽家たちだけに、ヴェルディ生誕200年を記念するコンサートを開催して支援金を調達することも重要な活動だ。その練習には、かつての名優、テノールのレジナルド・’レジー’・パジェット(トム・コートネイ)やバリトンのウィルフレッド・’ウィルフ’・ボンド(ビリー・コノリー)、メゾソプラノのセシリー・’シシー’・ロブソン(ポーリーン・コリンズ)らの姿もあった。
そんなとき’ビーチャム・ハウス’に、プリマドンナのスターだったジーン・ホートン(マギー・スミス)が入居してきた。コンサートを仕切っているセドリック・リブングストン卿(マイケル・ガンボン)は、かつてレジー、ウィルフ、ジーン、シシーの4人が競演した歌劇「リゴレット」が名演といわれたことから、第三幕の四重唱(カルテット)「美しい恋の乙女よ」を演目に加えようと思いつく。だが、ジーンには、もう10年ほどステージに立っておらず、歌うことも止めたと頑強に断られる。
シシーとウィルフは、説得しようとするが返ってジーンをいらつかせてしまう。レジーは、お互いスターだったときジーンと結婚したのだが、たった9時間で離婚した思い出したくもない経験があって、近づこうともしない。だが、シシーがジーンとのいさかいで怪我したことから、コンサートでの4人の上演を考え始める。しかし、シシーには認知症の症状が現れてきた。
ホフマン監督は、この作品で名声を気付いた声楽家や音楽家たちを大勢出演させ、最大限にリスペクトしている。全盛期はジーンとライバルだったソプラノのアン・ラングレー役を務めるギネス・ジョーンズは、コンサートのシーンで歌劇「トスカ」の中から「歌に生き恋に生き」を歌い、円熟した美声を聴かせてくれる。そのほか、さまざまのシーンに挿入されている演奏は、オフレコーディングではなくすべて撮影時に同時録音したものだという。オファーを受けたほとんどの音楽家たちが10年以上ステージでの仕事は入っていな人たち。それでも日々の鍛練を続けてきたことを実感させる演奏に心から拍手させられる。
もともと個性的でなければ務まらない音楽の世界。老齢の域に達し老人ホームの集まった世界で起こるさまざまなコミカルな出来事。40年ぶりに再会した過去の栄光の思い出に浸っていようとするジーンと心に傷を負わされたレジー葛藤の行方。コンサートのまつわる話だけでなく、それぞれの人生がしっかりと織りこまれている。
レジーがボランタリーな働きとして、若い人たちにクラシック音楽についてレクチャー教室を開いている設定が印象的だ。かつて、オペラはその教室にいる年代の若者たちや庶民がごく普通に劇場で楽しんでいたことを、ヒップホップ好きの黒人青年と語り合う。すばらしい音楽家たちへのリスペクトは、人生でクラシックをもっと素直に楽しめるようにと招待しているかのようだ。上質なお菓子を振る舞われたような、わくわくした感覚を味わえた。 【遠山清一】
監督:ダスティン・ホフマン 2012年/イギリス/99分/映倫:G/原題:Quartet 配給:ギャガ 2013年4月19日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー。
公式サイト:http://quartet.gaga.ne.jp
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