娘のシモーンは、庭の大樹に急死した父親の存在を感じ、枝に登っては思い出の品を置き語り掛ける。 ©photo : Baruch Rafic ? Les Films du Poisson/Taylor Media ? tous droits reserves ? 2010
娘のシモーンは、庭の大樹に急死した父親の存在を感じ、枝に登っては思い出の品を置き語り掛ける。 ©photo : Baruch Rafic ? Les Films du Poisson/Taylor Media ? tous droits reserves ? 2010

樹木に精霊が宿ると感じ、古来から’木霊’と呼び、たたりや怪奇な出来事が起こらぬよう心を寄り添わせてきた。神秘的な大樹に身を寄せるとき、豊かに水分を含んだ涼やかな冷気と樹液の流れを聴きながら夢か現(うつつ)か定まらぬ感覚へと誘われる。

愛する者を突然亡くした喪失感にどのように対応し、現実へと立ち向かっていくのか。家のすぐそばに立つ大樹に急死した最愛の夫であり父親への思いを寄せて触れ合う家族の物語。

ファーストシーンでのオーストラリアの大自然のスケールに圧倒される。家一軒まるごと載せた大型トレーラーが、大平原をゆっくり走っていく。目的地まで運転し、無事帰宅したピーター(エイデン・ヤング)には、妻ドーン(シャルロット・ゲンズブール)と三男一女の子どもたちがいる。だが、帰宅して間もなく、ピーターは運転中に心臓発作を起こし帰らぬ人となった。娘のシモーン(モーガナ・デイビーズ)を荷台に乗せていた車は、ゆるやかな坂を下りながら庭のオオバゴムノキ(クワ科イチジク属)の大樹にぶつかって止まった。

8歳のシモーンにとって’パパの木’となった庭の大樹。風にそよぐ枝のしなちやざわつく葉の音は、パパからの語りかけのようにシモーンの心に届いてくる。やがて、自分の部屋から宝ものやパパの腕時計を大きな枝の節などに置き、枝に登ってはさまざまな想いにふけるシモーン。

母親のドーンは、夫の亡くした喪失感からなかなか解き放たれないかった。 © photo : Baruch Rafic ? Les Films du Poisson/Taylor Media ? tous droits reserves ? 2010
母親のドーンは、夫の亡くした喪失感からなかなか解き放たれないかった。 © photo : Baruch Rafic ? Les Films du Poisson/Taylor Media ? tous droits reserves ? 2010

「この樹にはパパがいる」。シモーンが母親のドーンに打ち明けた大切な’秘密’。はじめは、急死した夫の喪失感からなかなか立ち直れないドーンには、子どもの他愛のないことばだった。だが、しだいに気に語り掛けるように接するようになり、徐々に心に落ち着きを取り戻してきた。ようやく家事に手がつき、仕事を探して働く気持ちにもなってきた。

町で事務の仕事を見つけることが出来たドーン。夫を亡くして8か月。雇い主のジョージ(マートン・ソーカス)とのコミュニケーションはうまく馴染んでいき、やがて親密に。幼いシモーンだが、そうした母親の微妙な変化を何となく感じはじめている。そして、ある夜に突然、大樹の枝が折れてドーンの寝室の屋根を壊し落ちてきた。「パパが怒ってる!」と、直感的に叫ぶシモーン。

それだけはない。大樹は異様なほど成長し、樹の根は下水道の配管をふさぎ、近隣からも「迷惑な樹だ」とクレームの声が高まっていく。伐採を強く勧めるジョージの意見を聞き入れるドーン。だが、シモーンは樹に登り身を挺して必死に伐採作業を止めようとする。

大樹に父親の存在を実感するシモーンにとって、大樹はたんに心の空洞を埋めるだけでの存在ではなく、父親そのもの。シャーマニズムの香りがしないでもないが、シモーンのように心の深い喪失感を乗り越えていける人たちもいる。最高の夫だったとジョージに語れるドーンにとっては、ジョージその人がこれからの人生を支えてくれる存在なのだろうか。心の迷いを覚えながらも、現実に立ち向かっていく厳しさを大自然を描きながら巧みに語りかけてくる。 【遠山清一】

脚本・監督:ジュリー・ベルトゥチェリ 2010年/オーストラリア=フランス/100分/映倫:G/原題:The Tree 配給:エスパース・サロウ 2013年6月1日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー。
公式サイト:http://papanoki.com

2010年第63回カンヌ国際映画祭クロージング作品。