映画「さよなら、アドルフ」――ヒトラーユーゲント少女の終戦直後の葛藤を描く
フライヤーのキャッチコピーに「これは’ヒトラーの子供’の《戦後》の物語」とある。だが、一昨年春に、アドルフ・ヒトラーの息子(隠し子)の可能性に新証拠として話題になったジャン・マリ・ロレ氏(1919―1985年)のことではない。
ナチ親衛隊の高官を両親に持つ14歳の少女ローレが、ヒトラーユウゲントの女子青少年団でヒトラーへの愛情と第三帝国国家社会主義への服従を徹底的に教育されたアイデンティティを敗戦の過酷な現実によって激しく揺るがされる心の軌道を繊細なタッチで描いたヒューマンドラマだ。ヒトラーユーゲントの直訳は’ヒトラー(総統)の青年’。まさに親衛隊の両親と洗脳的な教育で育て上げられた’ヒトラーの子供’。敗戦直後、彼らに市民がどのような感情を持ち々態度を変えたのか。’ヒトラーの子供’たちの内面にフォーカスを当てた秀逸な作品。
南ドイツの山地シュヴァルツヴァルト。ナチ親衛隊の父親は、帰宅すると庭で書類を焼却し、家族を連れて借家へ移り、いずこかへ出かける。14歳の少女らしくローレ(サスキア・ローゼンタール)は、ヒトラー総統が導いてくれるであろう「最終勝利」は、いつ訪れるのだろうかと、母親に明るく問いかける。だが、母親は「あの方は死んだの」と、アドルフ・ヒトラーの死を告げる。間もなく母親も身支度していずこかへ出かけようとする。お金と貴金属をローレに手渡し、妹と双子の弟たち、そしてまだ乳飲み子の末弟を連れて「(ハンブルグ)のお祖母ちゃんの所へ行きなさい」とだけ告げて。
敗戦の現実は厳しい。借家の主人は「ナチは出ていけ!」と、両親がいなくなったローレたちを追い出す。北部のハンブルグまでは900kmもある。途中、立ち寄ったキャンプでは、アメリカ軍が強制収容所で虐殺されたユダヤ人たちの写真を何枚も掲示している。「この責任はお前たちにもある」と書かれたドイツ人への問いかけ。ローレは、その中の一枚に親衛隊の軍服を着て指揮する写真があり、残虐さのショックに愕然とするローレ。
キャンプを出てから、一人の青年がローレたちの後をついてくる。訝しいが、無視して道を進むとアメリカ兵の尋問に遭い、身分証を提示するよう求められたローレ。戸惑っているところに、その青年が追いつき、「兄のトーマス(カイ・マリーナ)だ」と言いながら身分証を差し出した。その身分証には、ユダヤ人の黄色い星が挟まれているのをローレは見逃さなかった。
トーマスは、食料を調達してくるし、妹や弟たちともじきに親しくなっていく。ローレにも、敗戦後のドイツが連合国によって分割統治されていることなどの情況を教え、多いの助けられているのだが、徹底したユダヤ人蔑視を教育されているローレの警戒心は無くならない…。
台詞はそう多くない。説明的でないだけに、’黒い森’といわれる木々の密集したシュヴァルツヴァルトの暗い森から始まる旅程での心象風景が心に響いてくる。栄光ある親衛隊の両親と’ヒトラーの子供’としての誇りを打ち砕く、残酷な’加害者’出ることを思い知らされる事実と罪責感。同国民からナチに対する憎悪を受けながら、たった一人助けてくれるトーマスがユダヤ人であることへの複雑な心情。ローレの少女の顔が、過酷な状況の中でしたたかさを秘めた女性の表情へと変貌していくサスキア・ローゼンタールの演技には目を見張らされる。
邦題の’アドルフ’がヒトラーを意味していることは、祖母の家にたどり着いたローレの心の変化を見せられてうなずける。広い敷地に戦火を受けずに建つ屋敷。北部ドイツのプロテスタント教会らしい厳しい躾を保とうとする祖母。ナチス・ドイツは、民族と宗教の統合政策にも効果をもたらし、キリスト教会もドイツ的キリスト者を多数派としていた。ローレが加害者としての目覚めを覚えて歩み始める心の旅路を描いた本作は、宗教および教会にも繰り返してはならないかつての道程を垣間見せているようにも思える。 【遠山清一】
監督:ケイト・ショートランド 2012年/オーストラリア=ドイツ=イギリス/ドイツ語/109分/映倫:PG12/原題:Lore 配給:キノフィルムズ 2014年1月11日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー。
公式サイト:http://www.sayonara-adolf.com/
twitter:https://twitter.com/sayonaraadolf/
*Award* 2013年第85回アカデミー賞外国語映画賞オーストラリア代表作品、ドイツ映画賞作品賞・撮影賞・衣装賞・音楽賞ノミネート、ストックホルム国際映画祭作品賞・女優賞(サスキア・ローゼンタール)・衣装賞・音楽賞受賞、オーストラリア映画批評家サークル賞監督賞・ヤングパフフォーマンス賞受賞、オーストラリア映画批評家協会賞監督賞・主演女優賞・脚本賞・撮影賞・美術賞受賞、オーストラリア映画協会賞ヤング俳優賞受賞作品。2012年ロカルノ国際映画賞観客賞受賞作品。