映画「幸せのありか」――人間としての尊厳と居場所を求め続けた魂の記録

幼なじみの少女はマテウシュの初恋のひとでもある © Trmway Sp.z.o.o Instytucja Filmowa ?Silesia Film’, TVP S.A, Monternia.PL 2013

身体の障害と言語が話せないため幼少期に脳性麻痺と知的障害を持つ植物状態と医師に診断されたマテウシュ(幼児期:カミル・トカチ、青年期:ダビド・オドロドニク)。その診断が、実際は明晰な知性と豊かな感情を持ちながら、他者に伝える手段を表現できないだけのマテウシュの人生を’知的障害の植物人間’として決めつけてしまう。常識的に見れば、医師の診断に誰しもが納得する状況なのだろう。それだけに、人が人の生きる道を尊び、その存在を認め合うとは何なのかを、じっくり深く考えさせられる作品だ。

医師に脳性麻痺と知的障害を持つ植物状態と診断されたマテウシュだが、両親は嘆き悲しみ少年のマテウシュを家の中に隠しておくような境遇にはおかない。母親(ドロタ・コラク)は、家事があるときはマテウシュを出窓の縁に座らせ、その下にが椅子のソファーを置いて’社会観察’をさせる。うららかな日和には、マテウシュを車椅子に乗せて散歩。背骨は歪み、いびつな指でしゃべれないマテウシュにしっかり目を見つめて語り掛ける。
父親(アルカディウシュ・ヤクビク)は、仰向けになって移動するしかないマテウシュに、夜空に輝く星の話しをして天体へのロマンを駆り立てる。一方で、満足に手首を動かせないマテウシュに、「男は、怒りや抗議を示すときには拳をテーブルに叩き付けるんだ!」と、男の子としての在り方を遠慮せずに教え込む。両親がマテウシュに接する姿は、障害を持つ子どもをテーマにした映画を重苦しいものにせず、希望を持たせてくれていて救われる。
だが、ポーランドが民主的な第1回自由選挙(1989年6月4日)が実施されることで、町中が浮立ち花火が打ち上げられた夜に、外出から帰ってきた父親はよじ登った2階から落ちて死亡した。成長するマテウシュの身体は、母親一人では介護が難しくなた。マテウシュの姉は、結婚を機にマテウシュを知的障害者の施設に入所させてしまう。
家にいたときは、近所の幼なじみの少女に淡い初恋を覚え、姉や兄たちにいじられながらも家族の一員として存在感を認められていたマテウシュ。だが、入所した施設では、周囲のだれもマテウシュにコミュニケーションを取ろうとする者はいない。患者は身体的に不可能であり、看護師たちは処置をするだけで語り掛けてくることはない。マテウシュにとっては苦痛な日々だが、自分なりに看護師たちを評価する方法を考え出した。だが、ある日、マテウシュが考案した評価の枠に収まらない介護ボランティアのマグダ(カタジナ・ザバツカ)が現れる。カセットテープの音楽に合わせて車椅子にのままのマテウシュとダンスするマグダ。彼女の優しい振る舞いにマテウシュの胸は躍るのだが、マグダにはマテウシュを悲しませるある計画があった…。

看護ボランティア、マグダの優しい振る舞いにマテウシュは胸躍るのだが… © Trmway Sp.z.o.o Instytucja Filmowa ?Silesia Film’, TVP S.A, Monternia.PL 2013

少年期から青年期までマテウシュの心の内の独白が、両親と家族を見つめ、我が家の周辺や幼なじみ少女の家庭を語り、知的障害者施設の患者と看護師たちを観察し分析する。その視点と解釈が、的を得ていて時にはユーモラスでもある。
マテウシュは、障害者施設での訓練と実験によって瞬きの回数で絵文字と文字シートを選択し、「私、植物、違う」と自分の意志とメッセージを伝えることが出来た。植物状態という決めつけが解かれ、人間としての知性と感情と意志を認識される。それを認知するのは立場をもった人たちなのだが、やはり、不自由な体と発作のように見えてしまう行動は不躾な感想を漏らしてしまう。その一言を耳にしたマテウシュは、母親の静止を振り切って渾身の力で声にならない抗議の行為をやり遂げる。
少年期から青年期のマテウシュを演じたカミル・トカチ(少年)とダビド・オドロドニク(青年)の麻痺した身体の表現と意志を伝える口元と目の演技は、見事なまでに一貫していて引き付けられる。マテウシュには実在のモデルがいたが、人間としての居場所を求め続けた想いがいつまでも胸に響いてくる作品だ。 【遠山清一】

監督:マチェイ・ピェプシツァ 2013年/ポーランド/107分/映倫:G/原題:Chce sie zyc、英題:Life feels good :配給:アルシネテラン 2014年12月13日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー。
Facebook:https://www.facebook.com/shiawase.movie?fref=ts

●岩波ホールにて聴覚障害者向けバリアフリー上映(聴覚障害者用字幕つき)が行われる。終日・ブルーレイにて下記の日程で上映。
2015年1月14日(水)、1月25日(日)

2014年第30回サンダンス国際映画。2013年第37回モントリオール世界映画祭グランプリ、観客賞受賞。第38回グディニア国際映画祭観客賞受賞。第49回シカゴ国際映画祭観客賞、シルバー・ヒューゴ賞受賞。第11回トフィフェスト映画祭金の天使観客賞・部門別特別賞受賞。2014年第16回ポーランド映画賞観客賞・主演男優賞・助演男優賞・助演女優賞・脚本賞受賞、第38回クリーブランド国際映画祭ジュージGUND?記念本部&東ヨーロッパ映画コンペティション部門優秀作品賞受賞作品。